第135話 甘えたな家出少年でした
高耶は窓からではなくきちんと入り口に回る。と言っても、降り立ったのが宮殿の中庭なので、正式な入り口ではないのだが、何はともあれ、宮殿の中に入った。
外は吹雪いていたが、中は静かなものだ。否、悲鳴は聞こえている。乱暴なことをしているわけではないだろうが、黒艶が面白がっているのは分かる。
そこに執事ではなく、ウエイターが一人やってくる。ここはレストランを主としているのだ。宿泊も一応できるが、いるのはウエイターやメイドだ。当然、彼らも式神、精霊だった。
《このような時分にご足労いただくことになり、申し訳ございません。当レストランの見習いシェフがご迷惑をお掛けいたしました》
「いや、というか、見習いにしたのか」
《はい。どうしてもと頭を下げられまして……》
「そうか。悪かったな。アレは回収していく」
《ご随意に》
そこで廊下を黒艶に半ば担がれてやって来る人物へ目を向けた。
《捕獲したぞ、主殿》
「ああ……
「っ!? た、高耶兄さっ……っ」
ビクリと体を震わせる少年を、黒艶はくるりと背中から引っ張り回して高耶の前に置いた。
高耶は腕を組んで彼を見下ろす。
彼の名前は
「……黒艶。もう一人居るはずだ」
《おっ、やっぱりこやつは兄の方か。あやつめ、相変わらず兄を囮に使うのが上手い。どれ……遊んでやろうぞ》
黒艶が再び宮殿の奥へ向かって行った。その目は捕食者のそれだ。獲物と認識された彼は、今頃恐怖で震えているだろう。
「まったく……伶、とりあえず
「はっ、はい。ごめんなさい……っ」
伶には双子の津という弟がいる。その弟も家出の
双子であるためなのか、伶と津はテレパシーのようなものが使える。要点を伝えるだけの短い言葉しか無理なようだが、それでも伝わるものは伝わるので便利だ。
しばらくして、悲鳴が響いた。
ずるずると少年が黒艶に引き摺られてやってくるのが見える。そうして、津は乱暴にヒョイっと投げられて伶の隣に転がされた。
「いっ、痛ったぁいっ。絶対にお尻が赤くなったよっ。アザになったらどうすんの!?」
《なにを言っておる。新しく出来たものかどうか分からんだろう》
「どれだけ子どもだと思ってるのさっ。もう青くない!」
《見えておらんだけだろうて》
伶と津は黒に見える濃紺色の髪を持っている。瞳も青みがかっていた。真っ白な肌は女性達が
兄の伶はそんな見た目が嫌で、男らしく強くなろうと努力中。ただ、優しく面倒見の良い彼は、度々弟に振り回される。
弟の津は、見た目に逆らわず女になることを目指している。最大限に自身の見た目を利用することを考えており、世渡り上手だ。
反省する様子のない津に、高耶は顔をしかめながら声をかける。
「津……家出先で迷惑をかけるとは良い度胸だな」
ギリギリと意思に反しながら振り返る津。
「っ……た、高耶に、兄さま……っ、だ、だって、に、兄さまが来たのに……こっちに来てくれなくて……それで……っ、ひっ、ごめんなさいっ!!」
どうやら、高耶がこの世界に来たと知って、会えることを期待していたというのに、会いに来てくれなかったことに
「はあ……制御が出来ていないわけではないな?」
「も、もちろんよっ。あれだけ兄さまに訓練に付き合ってもらったんだものっ」
「ごめん、兄さん……俺が止めなかったから……」
数年前。彼らの両親と仕事で関わった高耶は、上手く力をコントロールできなかった双子の訓練に付き合うことになった。それまで制御するための封印術を施さなければ、学校どころか家から出ることすらできない状態だったのだ。
雪を操れる彼らの修行は、当然のように雪山で行われた。そこで一年近く時間が許す限り訓練に付き合ったのだ。
これにより、彼らが高耶を異常なくらい慕っているのは不思議なことではない。
「……反省はしてるんだな?」
「「はい!!」」
返事も素直だ。
「仕方ないから、俺が泊まっているホテルに行くぞ」
「やった!」
「良いの? 兄さん」
津の方は気にせず喜ぶが、伶は申し訳なさそうだ。
「ああ。俺の家族や他にも知り合いが居るから行儀良くしろよ?」
「わかってるよ♪」
「津! 兄さん、迷惑かけないように気を付けます」
苦労性な伶の頭を慰めるようにポンポンと叩くと、高耶は苦笑しながら背を向けた。
「行くぞ」
「「はい!!」」
《やれやれ》
呆れる黒艶の背に乗り、高耶と双子はホテルへ向けて飛び立った。
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