第113話 良い人? ダメな人?

難しい顔で考え込む二葉へ俊哉がまたも気楽に問いかける。


「お前んとこが分家で、本家のやつが色々言ってきたってとこか? そんでその腹いせに今回仕掛けたか」

「っ……ちょっと困ればいいと思って……」

「ちょっと困るどころじゃなかったぞ? まあ、お前もなんか利用されてたっぽいけど、見返すのに他人を巻き込むのはどうかと思うぞ」

「……はい……」


キツイ言い方ではないが、はっきりと注意する俊哉に、二葉も意固地いこじにならずに済んだらしい。


普段の高圧的な彼との違いに統二は戸惑う。それでも、今は口を挟むべきではないと二葉へ目を向けることなく歩く。


「気付いてるか? あれが陰陽術とか関係なくやったことだったら、お前は立派な犯罪者だ。小学校で、小学生や保護者、教師達を人質に立て篭もった少年Aになる」

「え……っ」


状況だけ見れば、そうなってしまうだろう。その上、教師達などは気絶していた。世間に知られたならば、ただでは済まない。


そこで、俊哉は統二へ振る。


「なあ、もしあの妖とか絡みで犯罪を犯した場合ってどうなるんだ?」

「え、えっと……よくあるのが影食いの影響で犯罪に走ってしまうことですけど、一般に結果を見られてしまえばこちらはどうすることもできません。現に、少し前に高耶兄さんが取り押さえたナイフを持って襲いかかってきた人は警察に捕まりました。妖の影響であっても付け込まれたのは本人が原因ですから」


こう行動しろと強制する力は妖にはない。憎悪ぞうおなどの感情を増幅してしまうことで思考力を低下させているだけなのだ。責任は取り憑かれた本人にある。


二葉はその最悪の可能性を理解して青ざめる。


「っ……」

「ってことだ。だいたい『ちょっと困らせる』っていう出来心とかってのがまず良くねえよ。いいか? お前らはまだ人生経験が浅い。まあ、俺も含めて何十年経ったって十分なやつはいねえらしいけどな」


人生経験豊富だと誰もに認められる人がこの世界にどれだけいるだろう。人なんてものは、ずっとずっと未成熟なままの生き物だ。


「そのちょっとの結果を正確に想像できる人なんていねえんだよ。極端な話『一発殴って脅してやろう』って考えたとしても、もしかしたらその一発でどっかに頭打ち付けて殺しちまうことだってあり得るんだ。遊びの延長でふざけてやったことでも人が死ぬかもしれない。そういうもう少し考えれば予想もできたことも予想できないのが今時の若者ってやつだ」


殴られれば痛いということさえも想像できないのが今時の若者だと言われている。想像力というか、自分を他人に置き換えて考える力が弱くなっているのだろう。


感情移入も理解しやすいものでなくては、できなくなってきている。必ず経験したことのあることしか分からないのだ。


「経験してないことを想定できねえんだよな……本とか映画とか想像力を働かせられる媒体ばいたいが沢山ある世の中だけど、最近はやたらと恋人とか家族が最後に死ぬ話とか多いだろ」

「そうですね……僕はあまり好きじゃないですけど……」

「俺も。でも『感動のラスト』とかって言葉にやたらと惹かれるじゃんか」

「気にはなります」


何が言いたいのだろうかと統二は不思議に思いながらも相槌あいづちを打つ。この間に二葉が何かを考える時間を稼ごうとしているのかもしれない。


「けど、ラストは『主人公にとって大事だった人が死ぬ』から感動するだけだろ? それって、やっぱ身内の死っていう経験があるから気持ちも余計に入るんだと思うんだよな~」

「経験したことのあることだからってことですね?」

「そうそう。もっと他のことで感動したいよな~って俺は思うわけよ」

「経験したことのないことでですね」


寧ろそういう分かりやすい感動しか、最近は受け入れられないのだろうかと思わなくもない。


「ほんと、最近の若者は……」

「……和泉さんも若者に入りますよ?」

「おう。入るな。だから……そいつの気持ちも分かる」

「え……」


突然同意されて二葉は混乱していた。だが、そんなことお構いなしに俊哉は続ける。


「一方的に貶されりゃ腹も立つ。本家や分家なんてものは、努力で変えられたりしねえ。そんなのを引き合いに出されて言われれば短慮を起こしても仕方ねえと思う」

「……はい……」


怒るというよりも、どうにもできない現状に彼は鬱憤うっぷんが溜まってきていたのだろう。どこにも発散できない行き場のない憤りを消すのは至難の技だ。


「けど、お前はやり方を間違えた。お前らの事情に他人を巻き込むな。だいたい、手を上げた方が損をする世の中だぞ? そんな進学校の制服着てんだから、頭と口を使えよ。あとは、家族とか友達にでも話してちょっとでも同意を得てみろ。味方を作れ。ちっとは楽になる」

「……うん……」


一人で不満を溜め込んで、今回はそこに付け入れられたのだ。


「俺ら現代っ子は『いいね!』が貰えればある程度満足できるからな。取り敢えず承認欲求を仮にでも満足させとけ。溜め込むな。その合間にこいつに他の家での本家と分家についての話とか聞いてみたらどうだ?」

「あ、僕ですか?」


また突然話を振られたなと統二が目を瞬かせる。


「そうそう。まあ、高耶んとこも力で本家を黙らせたっぽいけど」

「あれは多分、高耶兄さんがどうこうしたっていうより、周りが暴走した結果ですよ? 兄さんは仕事のことで注意しに来ただけだったみたいですし」

「あ~、周りに同意をもらうのも考えものか?」


やたらと味方を作るのも問題があるかもしれない。本人たちを置き去りにして周りが暴走する可能性も無きにしも非ずだ。


「対応策なんて、千差万別。正解なんてないし、数学と一緒だ。答えは同じでも解き方が違うかもしれん」

「スゴイ考え方ですね?」

「だろ? これ、高耶の受け売り」

「へえっ」

「また嬉しそうな顔しちゃって」


統二は素直に喜ぶ。それに俊哉は楽しそうに笑う。


そこに唐突に声がかかる。


「なに笑ってんだ? 俊哉」

「うおっ!? 高耶!?」

「兄さん!?」

「えっ!?」


高耶の移動手段を知っているはずの統二でさえも驚いていた。


俊哉は素直に感心している。


「よく追いついたなあ……」

「まあ、ちょっとな」


ここは濁しておく高耶だ。


統二は少し周りを見回して確認する。


「高耶兄さん、榊様は?」

「報告に行ってくれたよ。常盤を連れて行ってもらった」


薫が関わっていたので、改めて調査依頼などの手配をしたいらしいというのは、高耶にしか分からない。


「あ、じゃあ、兄さんはもう帰れるの?」

「ああ。あとはそっちの子にこれを渡そうと思ってな」


高耶は名刺を二葉へ差し出す。


「……これは……」

「必要だったら連絡してくれ。絶対にとか、君に色々教えた彼女がまた現れたら教えてくれとか言うつもりはない。今日は怖い思いをしただろう?」

「っ……」

「不安に感じたら遠慮なく相談してくれればいい。ただの相談窓口だ。メールなら夜中だろうか早朝だろうが時間は気にしなくていいから」


二葉は今回、落武者などを見てしまったのだ。普段の生活の中でこれからは不意に何か感じてしまうこともあるかもしれない。


見えなかったものが一度でも見えたという経験は、どうしても不安を与えてしまうのだ。


「……な……なんでも良いですか……?」


二葉は戸惑いながらも名刺をしっかりと受け取り、それを見つめながら尋ねる。


「構わない。恋愛相談でも何でも、俺が分からない時は良い先生を紹介するよ。どんな相談でもタダでな」

「っ、はい。お願いします……」


照れたようにはにかんで、二葉は名刺を大事にスマホのケースにしまった。そんな様子を見て統二が複雑な表情をしていたが誰も気付かない。


「え~、それ俺貰ってねえ」


俊哉が不満そうに訴えてきた。


「お前は煩いくらいにいつも遠慮なく話しかけてくるだろうが」

「あ、相談とか普通にしてるわ」

「ってか、お前は相談してても一方的に喋ってだいたい勝手にそのまま結論出してんだろ」

「そうだっけ?」


俊哉を呆れたように見つめる高耶。それを見て二葉はきょとんとし、統二は首を傾げていた。


「和泉さん、さっきまでカッコよかったのに……」

《本当に……》


高耶が来て途端にダメな人に見えるのは不思議だとそっと顔を覗かせた籐輝と共に見つめる統二。その目の端に映る二葉は、険の取れたとてもすっきりとした顔をしているのが印象的だった。


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