第108話 力業です

高耶は薫を追うという選択をきっぱりと切り捨て、この場をどうにかすることを選んだ。


だから、悔しげに薫が消えた場所を見つめる源龍へ声をかける。今にも彼も同じように穴を開けようとするのではないかと思えたからだ。


開けられたとしても、同じ場所に通じるわけではない。あれはそういう穴だと源龍も分かっているはずだ。それでも心配になるほど、その表情は厳しかった。


「源龍さん。もう、じきに黄昏時たそがれどきです。今は堪えてください」

「っ……ああ。すまない」


薫が消えた場所がどこに繋がっているかもわからない以上、一人で動くわけにはいかないと源龍は思い留まるように唇を引き結んだ。


何より、怨霊や妖の力が増す時間が近付いていた。一般人がいる以上、早く決着を付けなくてはならない。


高耶は水刃刀で落ち武者達を斬り捨てながら、周りを観察する。


斬られたそばから浄化されていってはいるが、落ち武者達が出てくる穴は、塞がれることがなく、次々に送り込まれてくるのだ。


「これは……キリが付くのかな?」


呟く源龍の得物は扇子の形をしている。札の代わりにそれを使い、落ち武者達を浄化していっている。その様はとても優雅だ。


そんな彼も、未だ底の見えない数の出現に表情を歪めていた。


高耶はどうすべきかを考える。


刀を振るいながらも、その目は先ず足下に転がる湯木を見る。次に後ろで校長が話しかけている少年達。小学生の二人は、明らかに腰を抜かしていた。気丈に見える高校生もカタカタと震えており、あれでは足に力が入らないだろうと思われる。


周りにはいくつもの黒い穴。しかし、それは教室内だけに留まっていた。ならばと高耶は式を召喚する。


「【天柳】、【黒艶】」

《はいな、主様》

《喚ぶのが遅くはないか? 主殿》


現れたのは、花魁姿やタイトドレスではなく現代の服装でまとめた天柳と黒艶だ。


装いを変えたところで二人の艶やかさは抑えられはしないが、まあいいだろうと納得する。


「悪い。二人にはそっちの子ども達を清晶がいる部屋まで運んで欲しい。珀豪、こっちの教師を頼む」

《うむ。仕方あるまい》


珀豪はフェンリルの姿のまま、湯木の襟首えりくびをくわえて部屋の外へ向かう。


《さあ、坊や達。怖かったわね。行きますよ》


天柳は二人の小学生を軽々と左右の腕で一人ずつ抱え、落ち武者達を避けながら廊下へ向かう。


《行くぞ、少年。主殿の命は絶対だ》

「え……っ」


高校生のそれなりの体格を持つ少年を小脇に抱え、黒艶は邪魔になる落ち武者を蹴り飛ばしながら廊下へ向かった。


「先生も行きますよ」

「教室を出ればいいのね」

「ええ。源龍さんも先に行ってください」

「わかった」


高耶には何か考えがあるのだと二人は納得して廊下へと向かっていく。


高耶は教室の中心で水刃刀へ力を上乗せする。すると、刀は見る間に長くなり、それを回転するように大きく体の周りで回すと、水の刃は帯となって円を描く。


高耶の浄化の力は教室内一杯に広がり、キラキラと光の雨を降らせ、落ち武者達が消えていく。そして、柄の部分が伸び、それを床に突き立てるように叩きつけた。


グワンっと気圧変動するような感覚の音が響き、穴が弾けるように消える。それと同時に、特にこの教室だけ歪んでいた空間が元に戻った。


すっかり落ち武者も消えてしまった教室を見回して高耶は一息つく。


「……これでここはなんとかなったか……」


ものすごい力技で浄化したと自覚があるだけに、うまくいったことにホッとする。


しかし、この学校の状態がまだ戻った訳ではない。急いで高耶も階下の校長室へ向かう。


すると、校長室の結界が統二の力だけ消えているのに気付いた。焦って飛び込むと、統二はソファに腰掛けて白い顔をしていた。


「統二っ」

「高耶兄さん……すみません。持ち堪えられなくて……」

「いや、お前はまだ実戦慣れしていなかったな。すまん」

「っ、そんな、僕が未熟なだけで……っ」


珀豪達が戻ってきたことで、安心したのだろう。統二はギリギリまで持ち堪えていたようだ。


高耶が結界を張り直そうとすると、源龍が申し出た。


「私がやるよ。君ほどではないけど、それなりのものは張れるからね」

「源龍さん……お願いします」


目をすがめて笑う源龍に頷き見せると、すぐに結界が張られる。それは、この校長室だけでなく隣の職員室まで覆っていた。


「すごい……」

「ははっ。これでも一応、首領の一人だからね。これでここは気にせず、高耶君が動けるだろう?」


源龍は統二の感嘆の声に笑いながら、高耶に再び笑いかける。すると、清晶が遠慮なく指摘する。


《それって、あとは全部、主様に任せるってことでしょ》

「そうとも言うね。だってねえ、高耶君は昼から力使いっぱなしなのに全然頼ってくれないんだもの」

《僕の主様をその辺の軟弱な術者と一緒にしないでよ。力だけでいったら、神にだって喧嘩売れるんだらね》

「清晶……」


日頃ツンツンな清晶は、高耶を褒め出したらキリがない。


《だって本当のことじゃん。あんまりこういう所で本気を出すと瑶迦みたくなるからやらないだけでさ》

「清晶」

《っ、は~い》


ようやく黙った清晶にため息をつきながら高耶は土地神の状態を確認する。


《どうされる主》


フェンリルの姿のままの珀豪は、いつの間にか優希だけでなく、カナちゃんミユちゃんまでも纏わり付かせ尻尾をゆるく振っていた。


どうでもいいが、大変和む様だ。


気が緩みそうになるのを必死で堪え、高耶は土地神の社のある方へと視線を送った。


そんな高耶を、助け出された少年達までもが静かに見つめていた。


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