第079話 抗議します

人化じんかしているのは常盤ときわ黒艶こくえん。さすがにおおとりとドラゴンの姿はさらせないとの配慮はいりょからだろう。二人が本来の姿になっていたら、こんなものでは済まなかったはずだ。


彼らの前にはフェンリルの姿の珀豪。天狐てんこ天柳てんゆう、ユニコーンの清晶と金獅子きんじしの綺翔が軽い足取りで歩いていた。


どうやら、瑶迦から派遣された菫と橘は帰ったらしく、気配もなかった。


《主殿、しっかりと思い知らせてやったぞ》

《これでしばらくは大人しくするでしょうね》


珍しく珀豪は怒っていたようだ。ふんと鼻を鳴らして満足そうに目の前で報告してくれる。天柳もクスクスと笑っており、いいザマだと前足で顔を掻いていた。


《いっつも偉そうにしてるバカオヤジは水攻めにしてやったよ。口ばっかで手も足も出ないんだもん。笑っちゃうよね》

《いっぱい埋めといた》


この二人は何をやったか分かりやすいが、間違いなく酷い感じになっただろう。褒めろと見つめてくるのはどうかと思う。


《貴重な資料等は保護をかけておきました》

《どうせならば更地にしてやりたかったがなぁ》


常盤は屋敷を真っ二つにしていたと聞いたが、場所は選んでいたらしい。こういう時でも冷静だ。対して黒艶は久しぶりに暴れられたと嬉しそうだった。


「お前らなぁ……」


確かにお仕置きを目的として来たのだが、ここまでやるとは思わなかった。


「まぁまぁ、高耶。こいつらだって腹に据え兼ねていたんだろう。良くやったと言ってやればいいんだよ」

「……はぁ……」


高耶だって、式神達が本家に思うところがいくつもあることを知っている。今まで何もしなかったのは、高耶が止めていたからだ。


どれだけ暴言を吐きかけたれても、面倒な尻拭いをさせられても高耶は何も言わないし、しなかった。


それが彼らにはストレスだったのだろう。主人である高耶がバカにされて黙っていられるわけがないのだ。


その上、彼らは式の中でも力あるもの。下に見られていい気はしない。


「そうだな……今まで我慢させて悪かった。怒ってくれてありがとうな」


これだけのことを彼らがしたのは、高耶のためだ。今までの恨みを晴らす勢いで怒りをぶつけた。それは、高耶を思っているからであり、何よりも主人と認めた者のための行動に他ならない。式神としては正しい行動といえた。


「そんで? 当主代理はどこだ? 俺も言いたいことあるからな」


逹喜は周りを見回して秀一しゅういちを探した。


「言いたいことですか?」

「おう。そのために来たようなもんだ。お、もしかしてアレか?」


目を向けた先、式神達が通ってきた道を秀一が弟子達を引き連れてやってきた。


秀一は水浸しになっているし、連れている弟子達は酷く土で汚れていた。誰が何をしたのか高耶には一目瞭然いちもくりょうぜんだった。


「貴様っ、なんて事をしてくれたんだ!」


怒りに染まった赤い顔。いつもは神経質そうな顔をして口で負かそうとしてくるのに対し、今はかなり感情的になっているようだ。


「やはりお前になど当主は相応しくない!! この本家の重要性を全く理解していないような者になど、当主でいる資格はない!!」


初めて高耶を当主だと言ったなと、少し驚いて見つめる。自覚はないだろうが。


「秘伝家の守る社を壊したらどうなると思っている!!」

「俺がそれを知らないはずがないでしょう。充雪の社でしたら、安倍の御当主が結界を張ってくださっていましたよ」

「なっ!?」


至って冷静に返せば、秀一は息を止めるほど驚いていた。先ほどの言葉は、その結界に気付かなかったと明言したようなもので、それはすなわち、自身の未熟さを示すものだ。


「だっ、だからと言って本家を破壊するなどっ」

「あなた方が出てこなかったからだと式達は言っています。何より、こうでもしないと、あなたは俺の前に出てこないでしょう」

「っ……」


やり過ぎだとは思っているが、今更式神達の行動を高耶は否定しない。頭に来ていたというのはあるだろうが、恐らくちゃんと最初は警告したはずだ。そこは疑っていなかった。


「今日ここへ来たのは、改めてもらうためです」

「な、なにを……っ」


今はもう腰が引けてしまっている。式神達が威圧しているというのもあるが、後ろに付き従っていた弟子達は、既に倒れそうになっていた。


「先日、秘伝当主と名乗って依頼を受けられたでしょう。正しく依頼人の意向に沿った仕事ではなかったようですね。中途半端に呪いの刀も刺激していましたよ」

「そっ……ぅっ」


思い当たったらしい。ならばと高耶は続ける。


「今日、そこに謝罪に行ってきました。依頼も全て完了し、謝罪も受け入れてもらえましたが、あのような態度で対応して、当主を名乗ってもらっては困ります」

「っ……」


はっきりとした高耶の抗議に、秀一は目を丸くしている。今まで、何を言われようと、何を当主の名でされようと口を出さなかったのだ。言われるとは思っていなかったのだろう。


「秘伝家は武を極めようとする者達の救いでなくてはなりません。何よりも真っ直ぐに彼らに向き合い、武で応えられる者でなくてはならない。それを乱すのであれば、あなた方に今後、秘伝の名を名乗らせるわけにはいきません」

「なんだとっ!? お、お前は、分家の分際で本家をっ……!?」


そこで静かにそれらを今まで聞いていた充雪がキレたのを感じた。


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