第078話 背後からに注意

勇一ゆういちには、本家の者としての矜持きょうじがあった。それも直系の男児だ。自分こそが武を修める秘伝家の当主に相応しいと物心ついたころから思い続けていた。


けれど、蓋を開けてみれば、本来の当主は本家の者ではなく分家。それも秘伝の名さえ継げない者の子ども。とうてい受け入れられるものではなかった。


「お前など、陰陽師として少し力があるだけだろう! 秘伝の当主などと、俺は認めない!!」


真に当主となった者は、先祖である秘伝充雪が視えるという。けれど、それを証明できる者はいないはずだ。本来見えないものが視えるというのは、そういうことだ。


これに、陰陽師としては苦しめられる。依頼人にすら信用されず、追い出されることだってあるのだから。


「視えると偽っているだけだろう! 陰陽師としての力が優れていたとしても、それで秘伝家の当主と名乗ることなど許されない!」


そう。当主の証となる先祖を視る力。けれど、力ある陰陽師には血族に関係なく、視えるのだそうだ。だから、高耶も陰陽師としての力が強いためにたまたま視えているだけなのだと思った。


それを証明するために彼の弟は陰陽術を極めようとしている。


「これがその証拠だろうっ。秘伝の者としてならば、このような式に頼る力の示し方はしまい!」


武を修めるのが秘伝だ。決して、陰陽師ではない。秘伝が使うのは陰陽術ではなく『陰陽武闘』なのだから。


これに、答えたのは、高耶ではなくその隣にいる大柄な男だった。


「お前なぁ……アレが視えもしないのによく言うもんだ。お前さんのいう秘伝の象徴である充雪殿が率先してこの場を破壊しているんだが?」

「な、何を言ってっ……部外者がデタラメを言うなっ」


高耶の連れであるというだけで勇一としては下に見なくてはならない存在だ。何者であるかなんて知らない。高耶は秘伝家の誇りを踏みにじる存在。そんな奴に連れられて来た者ならば、ろくな者ではない。


「そりゃぁ、部外者だけどなぁ。言っとくが、これは連盟トップも認めたカチコっ……道場破りみたいなもんだ。奇襲であってもそれに対応できないんじゃ、お前らは負けたってことだろ」

「なんっ……だとっ!」


さすがに連盟のトップが関わっているとなれば、勇一も強く出られなくなる。


「因みに、お前ら気付いてねぇかもしんねぇけど、この山全部を今、安倍の当主が結界で覆ってんよ。下に響かんようにな。わかったか? 家がいくら破壊されようが、それを認めてんだよ」

「っ……!?」


見上げれば、確かに感じたこともない強力な結界の気配がある。屋敷一つを覆う大きさならば勇一もできるだろうが、その数十倍の山一つを、それも現場にいない状態で覆う結界を張るなど、正気の沙汰ではない。


「それとな、お前らは今後、しばらく式達が使えんくなるだろうな。高耶の式神達の怒りを買って、他の式神達が従うはずがねぇ」


どういうことか分からなかった。ただ、向かってくる高耶の式神達は皆強く、自分たちの式神達が手も足も出ないことには気付いていた。


今まではそれでも本家に近付く時など、妨害ぼうがいをするのに動いてくれていたのに、今回は立ち向かえと言ったそばから離れていくのだ。この異常事態に、勇一だけでなく、多くの本家の者達が混乱していた。


元々、武を極めているといっても、陰陽術の方へと傾倒していたところがある。そこへきて今回の騒動だ。


本家の中には、式神達だけでも敵わないのに、当主として武を修めた高耶に太刀打ちできるはずがないと、許しを乞うべきだと言う者も出ていた。


数人ではあるが、前々から高耶への扱いを考え直すべきだと意見する者もいるのだ。今回のことで、それらの意見に多くの者が傾くだろう。


だからこそ、勇一は焦っていた。


「ふざけるな! 直系こそが当主を名乗るべきだっ。本家から追い出された分家筋のくせにっ、大きな顔をするな……ッ!?」


その言葉を待っていたというように、何かが勇一に突っ込んでいく。そして、勇一は高耶が目を丸くする前で後ろから来た充雪によって吹っ飛ばされて行った。


◆ ◆ ◆


《ったく、ごちゃごちゃと煩い奴だ》


勇一を吹っ飛ばした充雪は、腕を組んで高耶と達喜の前に降り立った。


「すっげぇ、豪快なラリアットだったな!」

「……生きてるか見てくる……」


高耶は心配になって垣根かきね突き刺さっている勇一を確認する。


かなり顔に傷ができてしまっているし、気絶しているが、異常はなさそうだ。受け身も取れない不意打ちの背後からのラリアットは危険なのでやってはいけない。


今回は実体のない充雪が行ったので、衝撃波を受けたような状態だった。それでも数メートル吹っ飛んだのだから普通ではない。


《屋敷もあらかた壊し終わったな》

「派手にやりましたなぁ」

《始めは壊すつもりなかったんだがなぁ。中から出てこんかったから、つい》

「はっ、はっ、はっ。それは仕方ないですわ」

「……」


仕方ないで済ませていいものではない。改めて見ると、本当に酷い。半分以上が瓦礫がれきの山になっていた。


《どうだっ。これでは分家に泣きつくしかあるまい》

「なるほどっ。さすがは充雪殿っ。そこまで見越してっ」

《わっはっはっ》


あの笑いは、気まずいのを誤魔化している。間違いなく結果的にこうなっただけだ。


「はぁ……あいつらもそろそろ落ち着いたか?」


呆れたように目を向ける先から、式達が揃って向かってくるのが見えた。


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