第072話 口が悪くなりますよ
『……何してる……』
本当に思わずその言葉が口からこぼれた。言われた方は、必死で誤魔化そうとしているようで、それは少し哀れだ。
秀一達はこれに気付かなかったらしい。まあ、仕方がない。冷静さも欠いていたようだし、何より視る力が彼らはそれほど強くなかった。
他の陰陽師達も、呪いには目がいっても、これには気づかないだろう。それほど、呪いと一体化してしまったものがそこにはいた。
「た、高耶?」
俊哉が心配そうに声をかけてくるのを聞いて、声に出していたかと顔をしかめた。
「全員離れていただけますか」
「なぜだ」
「これ、真矢!」
当然のように息子は気に入らないだろう。怪しむのも仕方がない。
「安全のためです」
「構わん。どうせ大したことないんだろう。そう言って、刀に何か仕掛けるつもりなのはわかっている」
「いいかげんにしないか!」
「落ち着いてください。大丈夫です。そうですね……結界を少し強めますから、色々と視えるようになるでしょう。危険だと思ったら離れてください。今から出てくる者には絶対に触れないように。命の保障はできません」
「……っ」
真剣な表情で
俊哉とその祖父は距離を取ったままだったのだが、さらに少し下がっていった。
克守ももう知らないとばかりにムッとしたまま距離を取る。動かなかったのは男だけだ。
覚悟は決まったようなので、高耶は構わず結界を強化し、刀に向けて力を放った。
すると、刀が自らの意思で動いているかのように箱から飛び出す。
刀自体が危機を感じているようにこの場から逃げようと天井まで飛び上がった。結界を破ろうとしたのだろうが、残念ながら弾かれて終わる。
それを確認してから高耶は更に力を練り上げると、床から光の帯がいくつも現れ、刀を縛り付ける。ゆるゆるとそれは下に引き摺り下ろされ、カタカタと音を立てながら切っ先側を下にした状態で無理やり留まった。
「た、高耶……これってっ」
俊哉が居て助かった。日頃から口数が多いお陰か、こんな状況でもちゃんと声が出るらしい。お陰で、場が凍りつかなくていい。そして、この時、真矢は息をのんで飛び退るように後方へと移動していた。良い判断だ。
「呪いだけならカタカタいうだけで終わるんだが、これに憑いてるやつが、陰陽師の力に本能的に反応して逃げようとしてんだ」
「つ、ツいてるって、憑いてるってこと!?」
「ん? ああ……少しの間、間借りしてついでに呪いもツマミにするつもりが逆に取り込まれたらしい。日頃の行いが悪いからこうなるんだ。自業自得ってやつだな」
「……え?」
高耶は本当にどうしようもないものを見るような目でそれを見つめた。その時、唐突に震えが止まったのは、正体が
恐らく全部だ。
「まったく……仕方がないやつだ……【清晶】」
高耶は大きくため息をついた後、
「うおっ、スッゲェの出たぁぁぁっ」
「俊哉、ちょい黙ってろ。清晶、呪いを少し落として清めてやってくれ。このまま浄化するのはまずい」
その言葉を聞いて、清晶は不機嫌そうに人化する。可愛らしいというか美少年といった
《こんなバカ女なんて、すぐに滅してしまえばいいのに……》
「危害を加えて来ないなら、討伐対象にはならない。分かってるだろう?」
《……今、主様に迷惑かけてる……》
「まあ、そうだな。けど、頼む」
《っ……分かってるよ……》
《これでいい?》
「ああ。助かったよ」
《うん……しばらくここにいる》
「そうか。心配してくれてありがとな」
《っ……》
感謝を込めて頭を撫でると、少しだけ嬉しそうな感情が伝わってきた。多少、機嫌は治ったらしい。
「え、何あの子……っ、さっきのユニコーン!? ちょっ、どうなってんの!?」
「これ、俊哉……」
「ちっと黙っとれっ」
俊哉は克守と祖父に注意を受けていた。
一息ついたところで、刀に異変が起きた。黒い霧のようなものがズルりと刀から出てくる。そして、刀の隣でそれは
「ゴスロリの女の子ぉぉぉ!?」
俊哉は黙らなかった。
《……た、タカヤ……ひ、久し振り……っ》
黒いフリルの付いたドレスとヘッドドレス。透き通るような白い肌。白に近い金の長いウェーブのかかった髪に、艶やかな赤い唇と金の大きな瞳。年齢は十二、三頃に見える少女だ。
気まずげに、窺うように、
「そうだな。というか、それ思念体じゃないな。魂だけ脱けるのは危ないって親父さんに散々言われたろ?」
《だ、だって……体が弱ってたら仕方ないじゃない……》
「そうなるまで何やらかした? またエクソシストの男に手ぇ出したんだろ」
《っ、なんで分かるの!?》
「……わかるだろ……」
これまでにも前科が山程どころか海程ある彼女だ。どうにも禁断の関係というのに興味があるらしく、本来ならば天敵ともなり得るエクソシストや陰陽師の男と関係を持とうとする
《あっ、うん……ふふ……タカヤったら『私のことなんでもわかるなんて』……っ、うん。結婚しよう?》
「そこまで言ってない。寝言だな。さっさと本体に戻れ」
《いやぁん。ちゃんと起こして欲しいぃ》
「……」
染めた頬を両手で挟んでイヤイヤする。おかしなスイッチが入ったようだ。今日は入りが早いなと遠い目をしてしまう。
すると、それまで黙っていた清晶がフルフルと震えて吠えた。
《黙れこのビッチが! お前などこのまま灰にしてくれる!!》
《なんですって!? はっ、これだからお子様はダメなのよ。大人の恋に口出さないでくださる!》
《そんな見た目でよく言う! ロリババアがいつまでも夢見てんじゃねぇよ!》
《はぁ!? ツンデレショタに言われたくないわよ! 素直に好意を表せもしない臆病者が!》
「……」
高耶は、これを止めるのを諦めて俊哉の隣まで下がり腰を下ろした。
「……高耶……止めねぇの?」
「ちょっと発散すればアレも弱って勝手に還るだろうからな……まぁ、清晶のやつがどんどん口悪くなんのは良くねぇけど……」
「……お前……本当に苦労してんだな……」
「しみじみ言われると傷つくんだが……」
こうして、しばらく口汚く
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