第064話 桃源郷?

瑶迦が住む屋敷は、深い森の中にあるが、強力な結界によって外からは見えなくなっている。


結界の有効範囲は、屋敷を囲う塀から直線でもそう離れはしない。精々、三分ほど歩いた距離だろう。だが、高耶たちは今、屋敷を出てそろそろ十分は歩いたという場所にいた。


「凄い景色だね」

「こんな所が日本にあるの……?」

「きれ~い」


美しく澄み渡った空。先に広がるのは緩やかな丘。そして、そこから見事な滝や渓谷が見えていた。


「ここは、瑶迦さんが作った世界だから、正確には日本じゃない」

「え……作った世界?」

「どういうことよ……」


走り回り出した優希は天柳に任せ、珀豪とピクニックシートを敷きながら高耶が説明する。


「瑶迦さんの能力なんだ。広さとしては、大きめの一つの県ってところだと思う。植物とほんの少しの大人しい動物や昆虫くらいしか存在しない。それも、あの屋敷からしか来られない。異世界と言った方がわかりやすいか?」


膨大な力を持って生まれた瑶迦が作り出した空間。人の身でありながら、神の力を持ってしまった彼女は、持て余した力でこの場所を作りあげた。


そして、この世界の安定に力を注ぐことで、自身の力を制御しているのだ。


《ここまで完全に世界として定着させる事ができる者はそうそうおらん。時折、こうした神に近い力を持って生まれる者がいるのだが、世界を完成させ、力を巡らせるまでに死んでしまう方が多いのだ。瑶姫はとても稀な存在だな》


異世界を作るのだ。簡単ではない。


「ここは安全で花も季節を選ばない。あの辺なんかは、冬に花が咲くやつだし、あの辺は夏のだ。普通じゃ考えられないだろ?」

「そ、そうね……異世界……なのね」

「桃源郷ってやつかな」

《まさに、瑶姫は桃源郷を理想としておられたはずだ。美しい幻想の世界だな》


滝には当然のようにはっきりとした虹が見えるし、空には、長く煌めくような尾羽を持つ鳥が飛んでいる。


花にとまる蝶は見たこともない緑や青の鮮やかな色をしており、花畑の中に色を添えていた。


「その、瑶迦さんはあの屋敷から出たりしないのかい?」


昨日の話や、今の話を聞く限り、外に出ているようには思えなかったのだろう。樹の質問に、高耶は苦笑する。


「屋敷の敷地内かここにしか出ない。瑶迦さんは……もう人としての枠を超えてしまっていて、あの辺りの土地神になっているから」

「え、神さまなの!?」


思わず驚きの声を上げる美咲と、驚愕に目と口を開く樹。


「元々は、森に土地神がいたんだ。けど、森の力が弱まった時期があって……その時にここに住み始めていた瑶迦さんが選ばれてしまった。それからこの場所を動けなくなったんだ」


屋敷から出ないのではない。どのみち出たとしても、森からは長く離れられないのだ。


《神となったことで、更に力が増し、これだけのものを作り出すことができたのだと、姫は喜んでおられたが……人としては不憫ではある》


元々の力に上乗せされた土地神としての力は、この地に半ば逃げ込んだ瑶迦には嬉しいものだった。けれど、これによって、人としての枠組みから完全に外れてしまったのだ。


人として生きられなくなってしまった瑶迦を、珀豪は気の毒だと思う。家族を大切にする高耶を見てきたからだろう。たった一人でここに居なくてはならない瑶迦の寂しさを思ったのだ。


《我ら式神は食事も必要としない。娯楽も求めない。人とは違うのだ。故に、人であった姫の本当の理解者には成り得ないのでな。我がいうことではないが、できれば滞在中は姫の話し相手になって欲しい》


藤達もそれを願っていた。瑶迦はけっして寂しいとは口にしない。けれど、屋敷には多くの式神達がいる。それは、寂しいからだ。一人ではいたくないからだ。


式神である以上、主の思いや願いを叶えたい。そう藤達は常々思っていた。だから、珀豪にこぼしたのだ。高耶達に瑶迦と少しでも一緒にいてやってほしいと。


「もちろんよ! 高耶、呼んできてちょうだい」


事情を知った美咲が涙を浮かべながら高耶へ指示する。けれど、高耶もわかっているのだ。


「心配ない。もうすぐ来るよ」


そう言って目を向けた先に、丘を登ってくる三つの人影が見えた。一人は日の光を反射する金の髪の青年。光を纏うアイドル顔負けのイケメンだ。


青年に手を引かれ、嬉しそうにやってきた瑶迦。その後ろには、黒髪の妖艶な美女が大きな重箱を軽々と抱えていた。


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