第062話 愛されているんです
珀豪と天柳、優希と父母が藤に連れて来られた部屋には、十代半ばに見える少女がいた。
のんびりと窓辺で本を読んでいたらしい。文台の前で椅子に座っていた。
《姫様。高耶さんのご家族の方と珀豪、天柳をお連れいたしました》
「ご苦労様。どうぞ、そちらにおかけになって」
部屋は当然畳だと思っていたのだが、中は板の間。障子、襖も美しい木の細工があり、東洋の雰囲気があった。
床には絨毯もあり、重そうな椅子と机が置かれている。
「うわぁ……」
優希が声を上げた理由は、少女の服装が原因だ。今もその姿に目が釘付けだった。
羽織っているのは薄桃色の薄い衣。それがヒラヒラとして、まるで天女のように見える。着物のようで、ドレスのような服装。それが、色白で小さな顔の少女にとても良く似合っていた。
「ふふ。可愛らしい子。こんにちは。私はヨウカ。この家の主人です」
「こ、こんにちは……おひめさま……」
「姫と呼べれる歳でもないのですけれどね。さぁ、お茶を用意させますわ。お茶菓子は……珀豪が持っていますか?」
《良くお判りだ。主と焼いたりんごのケーキを手土産に持参した》
「嬉しいわっ。藤、切り分けてください」
《かしこまりました》
珀豪がどこからともなく取り出した大皿に乗ったケーキを受け取り、藤が部屋の端にある台に持っていく。そこで切り分けるのだ。
その間、勧められた椅子に優希達が座る。
目の前にあるのは、立派な長い大理石の机だ。ひんやりとするその手触りを、樹と美咲が恐る恐る確かめていた。
「藤、高耶さんは?」
《せっかくなので、衣装部屋にご案内しました。菫と橘にお願いしてありますので、もうじき現れるかと》
「まぁっ。気に入ってくれたかしら」
嬉しそうに頬を染め、そこに手を添えるその様は、まるで恋する乙女だ。
樹と美咲は瑶迦が高耶の恋人なのではないかと勘違いしたほどだった。しかし、事前にこの屋敷の主人は高耶の先祖に当たるのだと聞いていたことを思い出し、顔を見合わせる。
そこへ、高耶がやってきた。
「遅くなりました……」
「まぁまぁっ。良く似合っていますよ。いらっしゃい、高耶さん」
「お久しぶりです瑶迦さん」
現れた高耶は、いつもボサボサにしている髪を整えられ、眼鏡も取っている。濃い青のシャツにクリーム色のズボンをカジュアルに着こなしていた。
「もぅ、おばあさまと呼んでと言っているのにっ」
「……見た目とのギャップがあり過ぎですって……」
完全に年下にしか見えない少女を、おばあさまとは呼びにくい。
「お、おにいちゃん?」
「ん? ああ。おかしいか?」
優希は、普段の少しオタクっぽく、野暮ったい感じにまとめられた高耶の姿を見慣れているので、驚いたようだ。
「ううん……かっこいいっ」
「そうか……」
嬉しそうに絶賛する優希、いつもはどうなんだと聞きたくなるがそこは口を噤む。
「この前のレストランの時も思ったけど……高耶くんってそういう風にすると別人だね」
「……普段からそうしてたらいいのに……」
樹と美咲もこれには驚いているようだ。何とも言えない顔をしていた。
「ほらごらんなさい。そうした方が良いに決まっています。服はいくらでも用意しますよ」
「瑶迦さん……仕事柄、あまり目立ちたくないと知っていますよね……?」
同業者には最近、顔で売っている者もいるのだが、高耶はあまりそういうのは好きではない。何より、仕事以外でまで付き合わなくてはならなくなりそうで嫌なのだ。
「知っていますよ。自分は見えないものを相手にする裏方だからと、極力気配も薄くして凡人を装っているのでしょう? もったいない。人々を守っているのですから、高耶さんはもう少し自分を評価して良いと思いますよ」
見える者達の中には、わざと見えるように環境を整えて、依頼人に見せる者がいる。確かに、その方が確実に仕事をしたのだという証拠にもなる。
時折、依頼人が依頼の完了を認めず、詐欺師だと言って報酬を踏み倒すこともあるのだ。それを防ぐことはできるだろう。けれど、それは本来やるべきではない。
見えないものが見える状況を知ってしまうと、当然だがその後、かなりの確率で疑心暗鬼になる。普通の生活が出来なくなる者が多いのだ。
その後を保障できないのならば、こちら側を見せるべきではない。それが、高耶の考えであり、昔からの陰陽師達の心得だ。
「いいんですよ。自己満足と俺自身のためにやっていることですから」
「高耶さんは相変わらず謙虚ですね。好ましいとは思いますが、それでは損をしますよ。近頃は力が弱くなってきているにも関わらず、力を見せつけたがる者が多いようですし……」
最近は高耶のような見える者と見えない者の境界を守る風習が薄れてきているように思える。瑶迦もそれを憂えているのだろう。しかし、こうなってくると、真面目にやっている者が損をするのは、どんな事でも同じだ。
現状、時折見える程度の者達がお祓いの真似事をするようになっている。代々、陰陽師という家にそういう傾向が見られるため、中途半端に知識だけある者達が偉そうな顔をしているのは頭の痛くなる問題だ。
お陰で陰陽師の立場が弱くなり、本当に必要な人々にも信用されなくなってしまっている。
「高耶さんだけが頑張る必要はありません。そういった者達の尻拭いまでしてはいけませんよ」
「ええ。気を付けます」
「ふふ。高耶さんのその言葉は、昔から信用できませんけれどね」
「……」
出来ることはやる。それが高耶の生き方だ。それがどれだけ割りを食っていても変わらない。
「珀豪、天柳。高耶さんのこと、頼みますよ」
《もちろんだ。なにより、我らほどの力ある式を従えられるのはそうそうおらんのでな。あの本家の馬鹿どもにも、そろそろ灸を据えてやらねばと思っていた所だ》
《主様は優しすぎますから困ります。ですので、これからは遠慮なく、邪魔をする者は地獄に案内いたしましてよ》
「あら、頼もしい。とりあえず、その本家のおバカさん達のお話、後で聞かせてくださいな」
《うむ。では後ほど》
《きっと姫もヤル気が出ますわ》
「ふふふ。楽しみだわ」
珍しく良く喋る珀豪に驚きながら、その言葉の中に黒い感情を感じていれば、いつの間にか、それよりもドス黒い感情を天柳と瑶迦が纏っていた。
これは口を挟むべきではないと判断した高耶は、部屋の端で微笑んでいる藤へ声をかけた。
「……あ、藤さん。お茶、手伝います……」
《お気遣いなく。おかけください》
「……はい……」
藤からも黒いものが出ているように感じて、高耶は大人しく従ったのだった。
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