第055話 神の微笑み

清雅の家や町でのんびりと過ごした高耶と優希は、月が光を増す頃になって神社へやってきた。


「ちょうちんキレイっ」


夜になって優希のテンションは更に上がっていた。街中で暮らしていたのでは、中々神社のお祭りなどというものを体験できない。


当然、初めての祭りに興奮しており、その上に夜だ。昼間の街中のように多くの人がいて賑わっている様は、楽しく感じるものだろう。


《優希。手を離すでないぞ》

《迷子になる……》

「は~いっ。ハクちゃんとショウちゃんから、はなれない!」


右手に珀豪。左手に綺翔きしょうという具合に、優希はしっかりと捕まえてある。


「まだお腹は空いてないか?」

「だいじょうぶ」

「なら、神楽を見たら色々買って帰ってから食べるか。遅くなると父さん達が心配する」

「そうする~っ」


美味しそうな屋台を見つければ遠慮なく買って食べ歩いていたので、本来の夕食の時間が近付いていてもそれほど空腹感がない。ならば、お土産がてら買って帰って、腰を落ち着けて食べる方がいいだろう。


優希はほとんど疲れを感じていない様子だが、やはり家の方がゆっくりできる。今日は疲れてすぐに寝てしまうだろうなと思いながら奥へ進んだ。


神楽かぐら奉納ほうのうするための舞台は、雷の落ちた神木の前に作られていた。そこは、本来の舞を奉納していた場所だ。


神楽もこの神のためのものを復活させるのだ。ならば、場所もと交渉をして戻すことができたらしい。


「なにするの?」

「ここで、神様に舞……踊りをプレゼントするんだ。守ってくださってありがとうございますって感謝と、みんなでこの土地を守っていきますって伝えるんだよ」

「おどりで?」

「そうだよ」


そこで雅楽ががく師達がやってくる。そうして、神楽の奉納が始まった。


「うわぁ……」


舞を踊る者達の着物をさばく音さえも、神楽の音に綺麗に溶け込んでいく。全て調和がとれた舞台。


見ている誰もが放心したように陶然とうぜんと見入っていた。耳と目だけではなく、感じる空気さえも人々をき付けていく。


「さすがだな」


小さく呟いた高耶に、今まで山神の元へ出向き、報告などを頼んでいた充雪が隣に現れて同意する。


《うむ。音も、問題なく山神の守護する土地の隅々まで響いているようだ。あの舞い手も、見事に神の力を受け入れておるわ。神気が見えるぞ》

「俺達が心配しなくても、充分に力を取り戻していたようだな」


この土地に合った楽の音は、隅々まで空気を伝って響き渡る。それに乗せて舞い手の体を通して送られてくる神の力が放出されていた。


正しい神楽は、神の力を通すことができる。不純物を混ぜることなく、純粋な神の力を土地へと行き渡らせることができるのだ。


「これで、あの神木も生き返るかもな」

《まぁ、無理でも新たな芽が出てくるだろうよ。それだけの力が満ちているようだからな》


神木の前で神楽を奉納するのは、神木に一年を通して少しずつ神の力が蓄えられており、神楽によってそれを放出するためだった。


これまでは、神木が折れてしまったことによって神力の通り道が塞がれてしまい、神が本来の加護をこの地に行き渡らせることができなくなっていた。


しかし、その道のプロである神楽部隊がこうして本来の失われていた舞を奉納できたことで、また神力の道が通った。その上、神木にも力を与えている。彼らも陰陽師の端くれ。こんなことも難しくはない。


「ちゃんと伝えていってもらわないとな」

《大丈夫だろう。見ろ、宮司達も惚けてやがる。本当に良いものは、分かるもんだ》

「そうだな」


その先には、麻衣子や清雅家全員が狛犬達を連れて神楽を見ていた。


狛犬達は呑気に麻衣子と花代の腕の中で眠っている。心地の良い神気を浴びてご満悦だ。


本来の神楽を舞うよう義務付けられた一族が清雅家だ。きっと今後、この神楽を守ってくれるだろう。


武術によって、土地の人々の心から邪を払い、舞によって神気を土地へ行き渡らせる。そういう役目を持った一族だ。


「彼らになら任せられそうだ」


自分の非を認め、正しくあろうとしたその心は、清雅の家に受け継がれている。秘伝も戻り、憂いはなくなった。


近いうちに役目を悟り、この地の守護に尽力していってくれるだろう。


「ここでの俺達の役目は終わりだな」

《おう》


神楽はまだ続いている。高耶の目には、神気の風が淡い光を伴って広がっていくように見えていた。


それは高耶の周りを取り巻き、神の声を届けてくれた。


《感謝するぞ》


高耶は目を閉じ、小さく頭を下げる。すると、あの神がクスリと笑ったように感じたのだ。



【第一章 完】


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