第二章 秘伝の当主
第056話 これが今の日常です
最近、何度も夢に見る光景がある。
それは、心を震わせるような美しい情景だ。いつまでも見ていたいと思えるそれは、記憶に強く焼き付いてしまったものだった。
涼やかで清々しい風が駆ける草原の中央に立ち、空を見上げる。
そこにあるのは見たことのない色合いの夜空。群青よりも明るい青の空には、輝く星が白や明るく鮮やかな緑の色を瞬かせ、無数に煌めいている。
その草原を取り巻く木々は、クリスタルでできているように、キラキラと星の光を反射していた。
この世のものではない光景だ。
ふと目を地上へと戻すと、遠くに子ども達が駆け回っているのが見えた。楽しそうな声が聞こえてきそうな。そんな様子で十人ほどの姿が見える。
それを見つめていると、こちらに気付いたのか、一人の少年が振り返った。可愛らしい少年だ。しかし、その笑顔はなぜか懐かしさを感じる。その理由を思い出したその瞬間だった。
「っ!?」
ハッと夢から覚めたのだ。
「っ、なんで……っ、あれは……」
バクバクと心臓が早鐘を打つ。まさかという驚きと、そんなことがあるのかという不安。それが一気に胸中を満たす。
《おい……変な夢でも見たのか?》
「……あ、ああ……なぁ、じぃさん……」
ベットから身を起こしただけの高耶の頭上に浮かんでいるのは充雪だ。彼は高耶の先祖に当たる人物で、神格を得ている。幽霊のように取り憑いているようにしか見えないが、どちらかといえば、守護者のようなものだ。
そんな彼に、ふと頭の中をよぎったとある仮説を相談しようとしたところで、ドアがノックされた。
「おにぃちゃん、ごはんだよぉ」
「ああ。すぐに行く」
妹の優希が呼びに来てくれたらしい。今日は月曜日。昨晩は仕事の関係で少々寝るのが遅かったので、寝坊したようだ。
高耶は言おうとしていたことも忘れ、急いで身支度を整える。気楽な大学生としては、Tシャツにジーンズというラフな格好をしたい所だが、残念ながら高耶はただ大学へ行くだけではない。
高耶より年長の者達から呼び出されたりと、日頃から、身なりにはそれなりに気を遣う必要があった。
とはいえ、そんな気を遣う場所へ行く時以外は、目立たないように頭をわざとボサボサにしたり、黒縁メガネをかけて地味な青年を装っていたりする。
パッと見は根暗。特に特徴もない人物になれれば
顔を洗い、髪を絶妙な加減でとかし、黒やベージュで統一した服装で整えると、高耶は家族の待つダイニングへ向かった。
「おはよう」
《おはよう、主殿。スープは何にされる?》
「悪いな珀豪。トマトで頼む」
《承知した》
濃い茶色のエプロンを付けて朝食を食卓に並べていたのは、高耶の式神の
白銀の長髪を一つに束ね、高耶よりも少し年上の青年といった容姿だ。
《ほらほら、優希。パンが溢れていますよ》
「ほんとだ。ごめんなさぁい」
《もっとお皿を手前にね》
「はぁい。テンねぇちゃんありがとうっ」
席について朝食を既に食べていた優希の面倒を見てくれているのは、式神で
最初の頃は『テンちゃん』と呼んでいた優希も、今は『テンねぇちゃん』と呼ぶようになっていた。
《……ん……主……座る……》
「綺翔……待たなくても良いんだぞ」
《否……待てる……》
そう言いながらも目の前に置かれた目玉焼きに釘付けだ。式神の
口数が少なく、ほとんど『諾』か『否』で済ませていたが、最近は優希と話すようになったためか単語が多くなった。
それに、どうやら結構な食いしん坊らしく、本来は摂らなくても問題のない食事という行為を楽しみにしている。
《ねぇ、あんまりゆっくりしてる時間、ないんじゃない?》
後ろからコーヒーを持ってきてくれたらしい少年が、むすっとした表情で忠告する。
「そうだな。ありがとう、清晶」
《別に……僕もコーヒーが飲みたかったからついでだし》
その右手には、ミルクの多く入ったコーヒーのカップがある。左手に持っているブラックコーヒーは高耶のだ。
「そうか。なら、このパンと交換な」
《っ……もらう……》
ちょっと気難しい少年の本来の姿はユニコーンだ。それも、女嫌いなので高耶や仲間達、家族以外にはとても扱いが難しい。
だが、根は優しいので、高耶としては可愛い弟のように思える。真っ白でふわふわとしたパンがお気に入りの
そこで、父母が出社する用意を済ませて現れる。
「うわぁ、今日も素敵な朝食だわっ。ごめんね珀豪くん。いつも任せちゃって」
《気にされるな。好きでやっているのでな》
「美味しそう……すごいなぁ、珀豪くんは」
二人は嬉しそうに席に着き、食事を始める。珀豪が家事のほとんどをこなしてくれるので、母や高耶はかなり楽をさせてもらっている。とはいえ、他の式神を扱う陰陽師達に知られれば、
細々とした雑用はやらせても、家事全般を任せることはしないものだ。
「なんか、いつの間にかこれが当たり前になったな……」
式神達と生活するというのがこの家の普通になっていることが、高耶には改めて奇妙に思えた。そして、もう一人。
《美味そうだな~……なぁ、珀豪、俺にも目玉焼きくれっ》
「セツじぃもたべたいの?」
《おう。ユウキが美味そうに食べるからよ》
「うんっ。おいしい!」
この家の中では、高耶の術によって本来は見えないはずの
《気持ちだけになるとわかっておられるだろうに……まぁ、後で綺翔が食べるだろうが》
《諾……半熟希望……》
《えっ、硬めだろっ》
《否……》
充雪には肉体がないので、
《くっ……仕方ねぇ……タコのうぃんなーも付けてくれ!》
《賛成……》
充雪のこんなワガママや、式神たちとのやり取りも、もはや日常茶飯事だった。
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読んでくださりありがとうございます◎
第二章もよろしくお願いします!
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