第044話 神が願う眠り

高耶は、山の麓まで人目を避けながら駆ける。その背には、珍しく大きめの鞄を背負っていたので、慎重に進んでいく。背中の傷の痛みには慣れたため、特に負担にも思っていない。


「隠密行動の時に鞄があるのは、やっぱ難しいな……」


身体的なバランスもそうだが、高耶は普段から大きな鞄は持たない。これは、女性達と同じなのであまり認めたくはないが、どうしても鞄の大きさに比例して、余分な物まで詰め込みがちなのだ。


事態を想定して、あれもこれもと予備を持ちたがる。あまりにも大荷物になってしまうので、普段から鞄は小さい物を持つか、ポケットに詰めるられるだけの、手ぶらになるように心がけているのだ。


基本、素手で体を動かすことがメインの高耶にとっては、手荷物というのは邪魔なものでしかなかった。


しかし、今日は違う。さすがに手ぶらではダメだろうと思ったのだ。品の大きさも考え、更には山登りということもあるので、今回はリュックにしている。


「リュックだと、本気でオタクと勘違いされるんだよな……」


これも普段、荷物を持たないことの理由の一つ。別にオタクルックに嫌悪しているわけではない。とはいえ、周りの視線の種類が変わってくることも事実なので、無難な道を行くためにはこれを否定させてもらっている。


山を登り始めてすぐ、高耶は思い立つ。


「ここで挽回しておくか。【綺翔】」


目の前に顕現したのは金の毛並みを持つ獅子だ。派手な見た目だが、四神の土を司っている。


《……》

「……えっと……久し振りだな……」

《……》

「……怒ってる……?」

《否……》


綺翔きしょうまったく表情が読めない。元々無口なので、怒っているかどうかは分かり辛い。


「そ、そっか。とりあえず、乗せてくれるか? この山の神の所まで行きたいんだ」

《諾……》

「……悪いな……」


否定と了承だけは明確なので、こちらで言葉を選べば理解しやすいといえばしやすい。ただし、機嫌だけは分からない。


とはいえ、今は乗せてくれるらしいので、その柔らかく大きな背にまたがる。


《……行く……》


宣言と共に、駆け出した綺翔だが、木々を素早く避けて右へ左へと進路を取っていく動きに無駄はない。その上、乗り手を思っているのだろう。衝撃もほとんどない。そして、恐ろしく速かった。


あっという間に山神の社の見えるところまで来ていた。綺翔は心得たもので、それ以上は進む事なく立ち止まる。


高耶はその背から降りると、触り心地の良い頭を撫でて礼を言う。


「ありがとう。助かったよ。一緒に行こう」

《諾……》


背に手を添えながら、隣に連れて社へ向かう。


神の領域では、馬から下りるのが当然だ。だから、高耶も綺翔から下りたというわけだ。


社の前に来てリュックの中身を取り出す。それは、神に捧げるお酒。お神酒みきだ。


柏手かしわでを打って礼をすれば、フワリと神が現れる。その姿は、白い衣を纏って、面を付けていた。


高耶は頭を下げる。本来は、体から瘴気が消えるまで来る気はなかったのだが、天柳から構わないとの言葉を聞かされ、こうして今日来ることになったのだ。


《世話をかけたな》

「いえ、元はこちらのしたことです。あのような不完全な封印を施したあげく、それに気付かず、お手をわずらわせてしまった事。深くお詫び申し上げます」


鬼を封印した一族は、今まで封じてこられたのは、自分達の手柄だと思っていることだろう。しかし、実際は完全なものではなく、ほとんど山神がそれを支えていた。


そのせいで山神の力は弱まり、土地の力を弱めてしまった。完全に礼を失している。何より、鬼をこの地に封じた時、この山神に許可を得たかも怪しい。


《良い。全て終わったことだ。久しく聴けなくなっていた楽の音も戻った。そなたには感謝しておる》

「そのようなお言葉をいただけるとは……」

《謙虚なことだ……アレとは長い付き合いだった。苦しんでいたことも知っておる。それが終わったのだ。感慨深い……》


この神は、封じていた鬼さえも、愛しく思ってくれたのだろう。この地を愛すると同じように、全て忘れて眠れと願ったのかもしれない。


《見えたか?》

「え……」


何を聞かれているのかわからなかった。神は鬼が居た場所の方角を見ている。


《我には見えた。美しい青い空と輝く星……澄み渡る清純な大地……》

「っ……」


それを聞いて、高耶は思い出す。鬼が最期に見せたその光景を。


《見えたか》

「はい……美しい場所でした」

《アレの最期も悪くはなかったのかもしれん……》

「はい……」


その声は、亡くした友を懐かしむような、そんな静かで慈愛に満ちた響きだった。


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