第028話 嫌いなものだってあります

清雅せいが麻衣子まいこは今年で十八になる高校三年生だ。家が道場であることも手伝って、小さい頃から体を動かすのが大好きだった。


一つ上に兄もいて。子どもながらにいつか二人で道場を守っていこうと誓い合っていた。しかし、麻衣子が小学校も三年になる頃には、祖父と父の不仲が理解できるようになっていた。


父は現在、大学に通う兄と都会に出て普通のサラリーマンをしている。別に道場を継ぐのが嫌なわけではないと以前言っていた。ただ、厳しい祖父に嫌気がさしただけだと言って母が笑ったのを覚えている。


ヘソを曲げた後が長いのは、祖父そっくりなのだ。お互い自分の意思を曲げないのだから、長期戦になるのは分かりきっていた。


だから、頭の良い兄が宥めすかし、父が頭を冷やすまで麻衣子が道場と祖父を守ると決めた。


そこへ現れたのが麻衣子や兄とあまり年の変わらない一人の青年だ。お世辞にも愛想が良いとは言えない祖父が、表情を和ませて話しかけていた。


この辺りでは、祖父が顔役だ。現役で動き回れる者の中では一番年長で、皆が祖父には頭が上がらなかった。


ほとんどの男が清雅の道場へ通っていたこともあるのかもしれない。男の習い事といえば、武術だったのだから。


そんな町に来た余所者の青年が祖父と親しげにしていたら警戒するのは当たり前だ。


「あいつは絶対、詐欺師よ。都会では良くあるってお兄ちゃんが言ってたもの……」


確信を持って家路を急ぐ。神社であの青年と別れてから、もうどれだけ経っただろう。祖父とまた接触しているかもしれない。大事な道場が潰されてしまうかもしれないと思うと、神楽の稽古に集中できなかった。


何度も怒られたが、そんな事よりも祖父と道場が気がかりだった。


「ただいま! お祖父ちゃんっ」

「なんだ。騒々しい」

「あれから、あの怪しい男は来なかった?」

「怪しい……まさか、高耶君のことを言っているのか?」


祖父が眉根を寄せるのが見える。


「迷惑をかけていないだろうな?」

「なんで? 絶対怪しいじゃない。お金を出せとか言われなかった?」

「っ、お前っ……なんてことを言うんだ! まさかっ、高耶君にそういうことを言ったんじゃないだろうな!」

「い、言ってないけど……」


久し振りに怒られた。祖父が怒ると、肌が感じるほど空気が凍る。怖いと思う。けれど、例えわかってもらえなくても、守らなくてはならないという思いが麻衣子を強くする。


「だっておかしいじゃん。なんでお祖父ちゃんが、あんな礼儀も知らなさそうな若い男の人を気にかけるのよ。お父さんとも上手くできないくせに!」

「っ、麻衣子!!」


言い逃げするが勝ちだ。そう思って、麻衣子は部屋に駆け込んだ。


「騙されてるに決まってる。道場の事も、神さまのことも、あんな奴に分かるはずないわ」


このことを兄に相談しよう。今ここには自分しかいない。守れるのは自分だけなのだから。


◆ ◆ ◆


高耶は家族達に断りを入れてから、充雪を伴って神社に来ていた。


「結界は張るが、見張りを頼む」

《おう。特に源龍に似た女って言ったか。見てみてぇなぁ》

「鬼渡かもしれないんだぞ……」


呑気な様子の充雪に呆れながら、高耶は件の大木の前に立つ。そこで神楽舞を全て覚えると、次に持っていた数枚の紙に走り書きのように何かを書きつけていく。


時に数字。時に五線紙に音符を書いていく。二回周り過去の様子を確認してから場所を移動する。


「……やっぱりか……」


高耶は、現在神楽が奉納される場所に立ち、そこで同じように過去の情景を確認して肩を落とした。


《全然違ぇなぁ》


同じものが、高耶に憑いている充雪も見えていた。


「一から楽譜を起こす気ではいたが……面倒くせぇ……」

《お前はマジで優秀だなぁ。あんな作業、俺は絶てぇ、できねぇよ》


神楽が昔とは違うと聞いてまさかと思った。神が伝えた神のための舞と音楽。それが神に力を与える。


その神につき神楽も違い、当然、それに伴う音楽も違う。ただし、日本は八百万と言われるほどに神が多い。失伝することも珍しいことではなかった。


こういった昔ながらのものが多く残る場所では、それが比較的新しい年代まで引き継がれているのだ。


高耶が書き付けていたのは、神楽の楽譜だった。後で正式に楽器ごとの楽譜に書き直さなくてはならない。和楽器の楽譜はそれぞれの楽器で様式が違うので、これが大変だった。


「正式な奉納は連盟の神楽部隊に頼むしかないな」


今回のこの神社の神楽には間に合わないだろう。


《お前のような若造が言っても信じんだろうしなぁ。そういえば、道場の孫娘が神楽舞をする巫女だとか言っていなかったか?》


そこから頼めないのかと充雪が言うが、高耶は大きくため息をついてみせた。


「あの喧しい女が、人の話を聞くとは思えん。寧ろ、関わり合いたくない」

《……たまに思うが、お前……女嫌いではないよな?》

「いや、嫌いになりそうだ……」


本気で二度と会いたくないと思うほど、高耶は麻衣子に苦手意識を持ってしまっているようだった。


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