第013話 嫌味はほどほどに

旅館とホテルは、特別な渡り廊下によって繋がっていた。


この渡り廊下は、ホテルに泊まるセレブ達が、旅館にある貸し切りが可能な露天風呂を利用するためと、旅館の宿泊客がホテルでの食事チケットを持っている場合のみ使うことができる。


廊下の出入り口には、ガードマンまで付いている物々しさだ。これは、ホテルに泊まる客を分かりやすく差別化するためのものだった。


「すごい厳重なのね」

「間違っても旅館から酔っ払いなんかが入り込まないようにってことだろうね」


ホテルに一歩足を踏み入れてみると、高級志向のセレブ達が納得する豪奢な造りが見て取れる。


「レストランは最上階だよ」

「うわぁ……キラキラしてる……」

「優希、はぐれないようにね」

「うんっ。おにいちゃん、手つなご?」

「ああ」


最近の優希は、父よりももっぱら高耶に懐いている。それなのに、ここ二週間は高耶が忙しく日々を過ごしていたので、久しぶりに傍にいられることが嬉しいらしい。


「優希はすっかりお兄ちゃん子だね」

「ふふっ、その内『お兄ちゃんのお嫁さんになる』とか言い出すかも?」

「……母さん……」


優希が聞いているだろうと、母を注意すると、当の優希はキョトンとした表情で高耶を見上げていた。


「どうした?」


何か聞きたいことでもあるのかと尋ねれば、優希はそれが当然のように答える。


「ゆうき、おにいちゃんとけっこんするよ?」

「……ん?」

「あらあら。手遅れだったわ」

「……優希……う、うん。出来なくはないね」


母は嬉しそうに楽しそうに、場を考えて上品に笑って見せる。その様は嘘くさく見えた。一方の父は複雑そうに、けれど無理やり納得した様子で、仕切りに頷いている。


「だめなの?」

「っ~……」


今の優希は、可愛らしいワンピースを着ている。黄色が好きな彼女は、ふわりとした淡い黄色を身に付けていた。その上に、大人っぽさを出すためか、黒いレース地を合わせている。


長い髪も結い上げ、目一杯オシャレした義妹は可愛いの一言に尽きる。そんな子が首を傾げて手を握っている。その大きな純粋な瞳は、不安げに揺れていた。


こんなに慕われ、更に結婚したいなどと言われて嬉しくないわけがない。しかし、だからといって頷くのは子ども相手だとしても失礼だ。彼女はもう、立派なレディなのだから。


「優希、嬉しいんだが……優希がもう少し大人になって、色んな人を見て、それでも俺が良いんなら喜んで相手になるよ」

「う~ん……うん。おんなのこは16サイにならないとダメなんだもんね……わかった。でも、ゆうきのきもちは、かわらないからね」

「あ、ああ……ありがとう」


女の子というのは、どうしてこうも成長が早いのだろうか。子どもだから分からない、知らないだろうと線引きをしてはいけない。意外と彼女らは世界を知っている。


そんな話をしながら、高耶達は最上階のレストランへやってきた。


案内されたテーブルはガラス張りになった外を一望できる場所で、山の下に広がる街の夜景が美しく目に焼きつく。


「すごいわっ。とってもキレイ」

「すごぉい……」


母と優希は、夜景に負けないほど、キラキラと目を輝かせていた。


運ばれてきた食事に舌鼓を打ちつつ、優雅なひと時が流れる。


しかし、高耶にはこの美しい場所に不似合いなものが多く見えていた。人が集まるところというのは、どうしても妖が集まりやすい。生まれてからずっと見えているので、この景色にも慣れてはいる。


だが、たまに思うのだ。これらが見えていなかったらいいのにと。術で見えなくすることも出来なくはない。この場所と雰囲気を純粋に楽しみたいならば、そうすればいいと言われるかもしれない。


それをしないのは、見えないことの方が不安になってしまっているからだ。見えることが当たり前過ぎて。居る事が当たり前過ぎて、ただ見えなくすることなど出来ない。


こんな所にはこんな妖がいるというデータが頭の中に蓄積された結果、見えない間もそこに居るだろうことが分かるようになったのだ。


「……口灯蛾こうとうがか……」


その妖は、見た目蛾のようだ。一般的に飛んでいるのは小さく、親指と人差し指で輪を作った中に入ってしまうくらいだ。


それらが好むのはいわゆる『嫌味』や『知ったかぶり』だ。『私は知っている』とか『注目され、賞賛されたい』というものを好む。


撒き散らす鱗粉は、吸い込めば思った事がすぐに言葉に出てしまう。一度思案して、口にしていい事か悪い事かの判断ができなくなるのだ。


殊更その傾向が強い者には、大人の手ほど大きくなった『口灯蛾』がその人の顔にへばりつく。


そのせいで、段々と顔が歪んでいくのだ。『嫌味な顔』というのが出来上がるのは、これのせいだったりする。


こんな見栄を張りたがる人々が大勢いる場所ではこれが多い。そこら中に飛んでおり、気分の悪い高耶は、早々にテーブルの周りへ結界を張って近付けないようにしてあった。


そんな中、大きな声が少し離れた場所から聴こえてくる。トラブルが多くなるのは、目に見えていた。


「ピアニストがなぜいないっ!」

「そ、それが、土日だけの限定でして……」


弁明しているホテルの従業員の言葉にそうだなと内心頷く。今日は金曜日だ。やっていないものは仕方ない。だが、それで納得するようなセレブではない。


「そんなものっ、今すぐに調達してこい! 客の要望に答えるのが一流のホテルマンだろうっ」


それはそうだろうが、無理なものは無理だ。


「申し訳ございません、ご容赦ください……」


そんな言葉も、予定の狂ってしまった客には無意味だ。


高耶は眉を寄せ出した両親と、ビクリと身を縮こませた優希を見て立ち上がる。


「高耶くん? トイレかい?」

「いや……ちょっと親孝行してくるよ」

「え?」


そうして、高耶はその客へと近付いていった。


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