第009話 危惧すること

会合から一夜明けた次の日の朝は、爽やかな目覚めを期待することはできない。


帰って来たのは朝方四時になろうかという頃だった。現状の報告会から始まり、対策が必要とされる事柄をどの家が受け持つかなどが話し合われる。


会合自体に無駄はない。しっかりと話し合うべきもの。報告すべきものが盛り込まれている。ただ、大体三ヶ月に一度開かれる会合だ。内容は多くなる。そうして、解放されたのが三時過ぎだったのだ。


帰って来てたった数時間。一、二時間ほどしか眠ることができないというのもあるが、やはり会合明けは気が重くなる。


《おいおい、陰陽武道の継承者ともあろうものが、寝不足などあってはならんぞ》

「いや、普通に寝れてねぇから……限度があるだろ」

《言い訳をするな。休眠の秘伝はどうした》


高耶が継承した秘伝の中に、睡眠時間が少なくても体力、気力を回復させる休眠法がある。それを使えば、一時間ほどの休眠だけで働き続けることが可能なのだ。


確実に寿命を縮めそうで、継承する者など今後も現れるべきではないと思う秘伝の一つだった。


「あれを使ったところで、この気の重さは解消されねぇよ。というか休ませろ」

《む。俺に匹敵するお前の身体能力ならば、不眠不休でも五日は問題ないと思うんだがなぁ》

「現代っ子をナメるなよ?」

《いや、お前は現代っ子じゃねぇだろ……》


高耶自身も、今時の若者と同じにして欲しくはないが、こんな時ぐらいは自分に甘くてもいいではないかと思う。元々、戦時中に編み出された技だ。状況は違い過ぎる。


「それはともかくとして、今日は送らなくて良かったんだな?」

《おう。二日に一ぺんの試合になったからな。今晩頼むわ》

「おう。というか、今夜は門が開く日だから勝手に行け」

《お、そうだったか。丁度いいな》


今夜から三日間、陰陽師達の管理下で霊界の門が開く。高耶がわざわざ力を使ってこじ開けなくてもいいのだ。


「それよか、昨日の話をどう思うよ」


昨晩の会合。その一番の議題は、ここ数年の中でも厄介な部類の問題が上がっていたのだ。


《うむ……鬼渡きど家か……五百年も前に絶えたと聞いていたんだがなぁ》


鬼渡家とは、陰陽師達が危険だと判断し、討たれた一族で、その思想はこの世界を霊界と同化させ、妖達とそれらに対応できる者達だけの世界にしてしまおうとするものだったらしい。


「なぁ、そもそも、霊界と同化させるなんてことが出来るのか?」


霊界の門を開けるのさえも普通は困難なのだ。因みに、どれだけ時間と力を使っても良いという条件でさえ、一人で霊界の門を開けられるのは五本の指で間に合うくらいの者にしか出来ない。


高耶は異例中の異例なのだ。


そんな高耶でさえ、それが可能なのか疑問に思う。


《出来るかと問われれば、普通は出来んと確信を持って言える。だが、鬼渡家は分からん。あの一族は鬼の血が何度も入っているからな》

「……マジで?」

《俺も会った事はないから、本当かどうかは実際の所分からん。だが、昔からそう言われている》


充雪の領分は、元来武道だ。鬼渡家の歴史は古く、対する秘伝家は陰陽師としては比較的新しい一族。


陰陽師の業界では、鬼渡家は力を求めるために鬼と交わった恥知らずとされている。そんな彼らの恥を、新参者に関わらせるわけもなく、一族を討つ時にも秘伝家は関わってはいなかった。


「へぇ。それじゃぁ、可能として、対策は首領達の言ったものしかないと?」

《そうだな。地道にこちら側に現れる妖を滅し、過剰にならないようにするのが一番だろう。妖が多くなれば、それだけ環境が霊界寄りになる。まぁ、普段の量ならあって無いような影響だが……鬼が出るようになれば笑い事では済まされん》


鬼と呼ばれるほどのものが現れれば、こちら側への影響は多大なものになる。鬼自体がこちら側の環境に対応出来るように変化させていくのだ。


「霊界に鬼はどれだけいるんだ? 今回の大会に出てたりしないのか?」


充雪が霊界で参加している武闘大会。そこに鬼が出て来ているのなら、こちら側に出てきたとしても倒せそうだと思って出た言葉だった。


《いねぇよ。霊界も広いからな。今までも霊界では見た事がねぇ》

「戦ったことは?」

《直接はねぇな》

「先祖はあるって事か。その時は倒せたか?」


高耶が聞きたいのはこれだ。昨晩の会合では最終的にこう言われたのだ。



『各家、鬼が出た時のための封印の準備をしておくように』



倒す用意ではなく、封印の準備と言われた。最年少ということもあり、あの場で尋ねることは出来なかったのだが、つくづく気が重くなる場所だ。


《いや、封印に留まった。全力でなら無理ではなかったんだがなぁ。連盟の奴らの中では、鬼は倒すんじゃなく、封印するものだとでも思っているみたいでな》


倒してはいけないのか、最初から倒せないと思っているのかは分からないが、鬼は封印するものというのが業界の常識らしいのだ。


「……なぁ、それって……封印してどうしてんだ? 普通、封印っていったらその場所にって事だよな? 霊界に送り帰してなんて……」

《……ねぇな……んん? コレ、不味くねぇ?》

「気付けよ! ってか首領達気付いてるんだよな!? 封印なんて解かれるもんだぞ」


永遠に封印できるなんて事はないのだ。年月によって必ず綻びが出来、同業の強い者ならば解いたり破壊したり出来なくはない。


《だから封印の準備って言ったんだろ? 気付いてないわけない……よな?》

「そこ、断定しろよ。それにアレだ。封印を守ってる奴らもいるんだよな?」


そこがしっかりとこの穴について理解して守っていれば問題はない。そう、今回の問題で最も危惧すべきなのは、霊界から新たな鬼がやって来るかもしれないという事ではなく、既に過去、こちらへ来て封印されている鬼達よ封印が解けるかもしれないということ。


《……これまで言っていなかったが、その……昔の奴らの力を過大評価してるっつうか……最近は絶対視してるようになってるっぽくてな……警戒してない……かも?》

「……源龍さんに話してみるか……」

《あやつなら、こうした話も聞くだろうな……》


他の首領達には言い辛いが、年も比較的近く、昔から世話を焼いてくれている彼ならば、確信のない話も聞いてくれるはずだ。


空いている時間がないかとメールを送り、高耶はそろそろ朝食の支度に起き出した母の気配を感じて身支度を整える。


「今日も休めなさそうだな……」


気の抜けない一日が、今日も始まった。


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