第010話 対策を練る

午前の講義を二つ受けた高耶は、昼食を取ってから警察署に向かった。


昨日捕らえた青年についての話をするためだ。とはいえ、既にどういった経緯でああなったのかは、協力者によって報告が成されているはずである。


高耶は形式上だけ、事情説明に立ち寄るだけだった。


署に入ると、すぐに三先みさきじんが駆け寄ってくる。


「よく来たね、高耶くん。お昼ご飯はっ?」

「食べてきました。この後、用事があるんで、早くお願いできますか」

「ええっ……一緒に食事……」

「仕事しましょう」

「……うん……」


この人はダメな大人だと諦め、先を促した。通されたのは、部署の端に用意された狭い区画だ。仕切りがあるが、ガヤガヤと働く他の署員達の声は聞こえてくる。


向かいの椅子に腰掛け、書類を机に出した迅は、早速本題に入る。ちゃんと仕事が出来る人ではあるのだ。


「今回の被害者の子達の親御さんには、午前中に話をしてきたよ。周りの聞き込みも完了して、彼の目撃情報や様子もまとめてある。かなり前から気にはなってたみたいだね。見守り隊のおじいさん達もそれとなく気を付けていたみたいだったよ。近くの交番にも報告は行ってた。手が空いた時は見回りもしてたみたいだけど、上手く逃げてたんだろうね」


駐在の警察官も見回ってはいたようだが、注意しようにも、その時に限っていなかったり、時間をズラしたりしていたらしい。


運が良いのか悪いのか。察しは良かったのだろう。


「悪いものもしっかり高耶くんが祓ってくれたから、彼も素直に白状してるよ。受験に失敗して、ストレス発散のための癒しが小さい子ども達を見ることだったんだってさ。それがエスカレートして、話してみたいとか、触ってみたいとか、一緒に暮らしてみたいとかってなっちゃったみたいだね」

「なっちゃったって……結構な欲だな……」


かなり危ない所まで思考が及んでいたというのを知って、高耶は引いていた。


「妄想と想定がごっちゃになっちゃうんだよね」


こうだったら良いなという妄想と、こうやったらこうなるだろうなという想定の区別がつかなくなってきているのだ。妄想の度合いが増えれば、してはいけない事だという判断が鈍くなる。


想定し、想像する力というのが弱くなっているのか、ただ享受するだけの方が楽な事を知ってしまったためだ。


本を読むより、これをアニメ化してくれた方が良いというのが典型的な例の一つだろう。自分で文字から想像するよりも、アニメというただ見るだけで良いものの方が受け入れやすいのだ。


「妄想だけ膨らんで、止められなくなっちゃうんだよね。彼、ナイフまで持ってたし、危なかったよ」


あの場で取り押さえられて良かった。数日後には子どもを傷付けたいという衝動まで持っていたかもしれない。


「それで、あいつはどうなる?」

「人を傷付けたわけじゃないからね。厳重注意で帰されるよ。まぁ、かなり反省もしてるし、君が悪いのを祓ったってのもあってね」


逮捕、拘留とまではいかない罪だ。ヤケを起こしてまたということも心配されるが、あれだけの人に見られたというのもあり、そうそう近付かないだろう。家も一駅離れた場所にあるそうだ。


「管轄に、登下校時の見回りを強化させることになったから、心配しないで」

「わかりました」


それから報告はされているが、何があったのかを一応話す。


「協力、ありがとう。これで終了だ」

「どうも。では失礼します」

「そんなに急がなくてもいいのに……」

「約束があるんで」

「送って行こうかっ?」

「結構です」


迅を振り切り、高耶は源龍との待ち合わせ場所に急いだ。


その場所は、源龍がよく使う喫茶店だった。


「いらっしゃいませ」

「……」


というか、源龍が働いていた。


「高耶くん、時間通りだね。何を飲む?」

「ホットで……」

「了解。席はそこの端ね」

「はい」


源龍が指差したのは、カウンターから近い端のテーブル。高い衝立で囲まれた場所だった。


席に付き、しばらくすると、コーヒーを淹れ終わった源龍がマスターに一言断りを入れるのが聞こえた。


「それじゃぁ、マスターちょっと」

「いいよ~」


マスターは背が低く、上品な口髭のあるおじいさんで、言葉の感じからとても気安そうな可愛らしい人だと感じられた。


やってきた源龍は、制服姿のままエプロンだけを取り、自分用のコーヒーも持っていた。


「お待たせ」

「いえ……ありがとうございます」


普段何をやっているか分からないお兄さんというのが、源龍を表す言葉の一つだと思う。サラリーマンをやるようには見えない上品な立ち居振る舞い。


モデルのようにスタイルが良いし、顔も小さく、母親似なのか中性的な顔立ちだ。だが、表に出たがるような人にも見えない。在宅で建築士かデザイナーと言われても納得しそうだ。そんな源龍がウェイターの制服を着ていい感じの渋い喫茶店のカウンターの中にいたら結構な破壊力があった。


「源龍さん、すごく似合いますね」

「ありがとう。ここのマスターは親戚の一人でね。子どもの頃から良くしてもらったんだ。気分転換にもなるから、あちらの仕事がない時は手伝わせてもらってる」

「とてもカッコいい店ですよね、ここ」

「そうだろう? 子どもの頃はマスターの後を継いで、ここのマスターになるのが夢だったんだ」


源龍も実は高耶と同じ分家筋に当たる血筋だ。ただ、本家の当主は子どもが出来ず、まだ幼かった源龍を養子として引き取ったという経緯がある。


「それで? 話というのは?」

「あ、はい。昨晩の鬼の話なのですが……」


危惧されることを口にしながら、霊界では何度も行っている充雪でさえ、鬼を見たことがないことなどを話す。充雪のように何度も霊界に赴き、こちらへ戻って話をしてくれるものなどいないから、源龍達にとっては有り難い情報源だ。


「なるほど……他の首領達がどう考えているのか……確認すべきだろうね。昨日の口ぶりからは、新たに現れる……鬼渡の者が召喚する可能性があるということだった……けど、そうだよね。召喚よりも封印を解くことの方が容易いだろう」

「はい……封印の方についてはよく分からなくて……うちは関わりが薄いんです。秘伝家はあくまで戦闘が領分。封印よりも倒すことを推してきた一族ですから」


実際、封印術を施したことなどないはずだ。知識として持っていても、その選択は秘伝の一族にはない。お陰で、同業者からは封印術もろくに出来ない半端者と思われていた時期もあったようだ。今でも、そんな半端者が首領の一人としていることを不満に思う者もいなくもない。


実際には実力が伴わなければ代表にはなれないのだが、そうした者は、そんな事まで考えが及ばない。嫉妬とは自分勝手なものだ。


「そう……わかった。首領達への確認は任せてくれ」

「お願いします。さすがに鬼を相手にしたことは充雪にもないようなので、倒せるかわかりませんからね」

「そこは不安だよね。そうだ。今度家においで。鬼の資料とか高耶くんには目を通してもらった方が良さそうだ」

「それは助かります。俺は……秘伝家には歓迎されていないので、そういった資料があまり手元になくて……」


高耶は秘伝の本家に入った事がない。入れてもらえないのだ。知識や技術は全て充雪から継承されたもので、これまで必要はなかったのだが、有り難い申し出だ。


「構わないよ。そういうのも、協力していかなくてはね。君の継承する陰陽武道は、確実な戦力になる。長年、陰陽道を極めてきた者にとっては少々思う所のある一族もあるみたいだけれど、これまでなかった新しい風だ。首領達もそれを認めている。新たな対抗手段として手を貸して欲しい」


陰陽師達の中には、陰陽武道などというのは邪道だと言う者も存在する。純粋に術だけで優劣を決めてきた者達にとっては確かに邪道だろう。


拳一つで術を打ち砕かれたら彼らのプライドも一緒に砕けもする。しかし、今まで出来なかった手段も見出す事ができるかもしれない。


古い伝統とは、守るべきではあるが、固執すべきではない。残しつつ改めていくのは悪いことではないだろう。人とは常に進化を望むものだ。自分達が変われないからこそ、手段での進化を進める。それが人なのだから。


「では後日、連絡するよ」

「お願いします」


こうして、対策は少しずつではあるが立てられていく。高耶の平穏な生活を犠牲にしてというのが、悲しいことだ。


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