第002話 趣味でした

義妹にいきなり泣き出されたことで、高耶は慌てる。


「えっ、ちょっ、優希っ!? ど、どうしようっ」


自慢ではないが、人とのコミュニケーションは苦手な方だ。仕事関係などでの対応は完璧に出来るが、同年代やその下となると一気にヘタれる。


それこそ、先祖がボッチ体質。昔から武術に精を出す子どもであったため、一人で耐えることは苦ではない。そんな性格も災いし、現在でも友達は片手で足りる程度。否、小学校のころから二本ほどで止まっている気がする。


だが、いくらボッチでも知識がないわけではない。自分の身に降りかからなければ意外と対応策は出るらしく、高耶にしか見えないのを良いことに、男が偉そうに降りてきて提案する。


《抱っこだっ。高い高いだ。子どもはそれでとりあえず泣き止むっ》

「ま、マジかっ。よしっ」


ただし、この時の知識は『聞いたことがある』『やってたのを見た』『多分』と続けられる対策だ。とても正しいとは断言できないが、混乱していた高耶はそれに従った。


「ほぉらっ、高い高~い」

「ひぅっ……っ?」


ランドセルも背負ったままの七歳頃の子どもを軽々と掲げ上げた高耶。これにはやられた本人も、遠巻きに見ていた周りもびっくりだ。


しかし、結果的に優希は泣き止んだ。だから、高耶はほっとして、目線が合うくらいに下ろすと、そのまま腕に座らせた。何度も言うが、幼い就学前の子どもならばわからなくもないが、七歳頃の少女をとなると結構な力がいることだ。更に、それを軽々とやっているのが野暮ったい暗めの青年とくれば目を疑う。


そんな事に気付くことなく、高耶はぬいぐるみでも抱くような手軽さで優希を抱いたまま話しかける。


「それで? どうしてこんな所にいるんだ? 学校は?」

「っ……」


一応聞いてはみたが、この時間にこんな所にいるということは、学校に行かなかったのだろう。仕方なく義父にメールする。勿論、片手で優希を抱いたままだ。


「それ、おとうさん?」

「うん。学校から連絡が行ってる頃だから、心配してるぞ」

「……ごめんなさい……」


悪いと思っていると知り、高耶は口元を緩める。


「理由があるんだろう? 家に戻るか」

「……おにぃちゃんのがっこうは?」


こんなにも小さいのに、もう気を遣う事を知っている優希。それを知って心配になった。


「いいんだ。俺の学校は宿題をやれば行った事にできるから」

「しゅくだい?」


専攻しているのが民俗学という事もあり、レポートで済ませられる授業が多い。それに何より、まだ高耶は大学一年。出席日数が足りなくても単位はまだ幾らでも取れる。


「そう。だから今日は優希と一緒に休むよ」


義父からの返信を待つ間、必須科目の教授に欠席のメールを送る。すると、すぐに課題が返信されてきた。来週までにその課題のレポートを仕上げれば出席扱いになるので助かる。


後の懸念は夕方からの仕事の確認だけだ。


メールを打ちながら優希を抱えて公園を出る。家に帰るまで不安そうな優希を下ろす気はない。何より、手を繋いでいるよりも、こうして信頼していますという態度を見せた方が周りに怪しまれないだろう。


優希は高耶の肩と首元の服をしっかりと握って、携帯の画面を珍しそうに見ている。ハタから見れば、若い父親と娘にでも見えるはずだ。


間違っても幼女誘拐だと見られるわけにはいかない。気持ちは『調子の悪い娘を学校から連れ帰るお父さん』だ。


すると、義父から電話がかかってきた。


「はい。ええ、優希と帰ります」

『すまないね。なるべく早く帰るから』

「いいですよ。慌てると危ないので焦らずいつも通りで大丈夫です」

『けど、今日はバイトが夕方から入ってるって言ってただろう? いつも通りだと七時過ぎるんだ」


今日はバイトの予定があり、大学が終わってそのまま向かうつもりだった。


「今から連絡すれば、遅らせられますから。七時には母さんも帰ってくるんで」

『そうかい? 本当にごめんね。なら、よろしく頼むよ』

「はい。優希、お父さんに言うことあるだろう?」


心配そうにこちらを見つめているのに気付いた高耶は、最後にスピーカーボタンを押した。


「おとうさん……ごめんなさい」

『ああ、お兄ちゃんと仲良くね』

「うん」


通話を切ると、優希はぎゅっと抱き着いてきた。腰の辺りをトントンと叩いてあやしながら家に向かう。力加減を間違えないように気をつけた自分は偉いと思う。


新興住宅街のど真ん中。よく似た外観の家が並ぶその一つ。まだ真新しい我が家へ入り、優希を降ろす。


「靴脱げるか?」

「できる」


同学年の子ども達よりもしっかりしている優希は、なるべく自分の事は自分でやろうとする。そのやる気を大人が邪魔するべきではない。根気強く待って助言をする。


「優希、先ずはランドセルを下ろしてからやってみな」

「うん」


素直なのも可愛い。高耶はいつもマイペースだ。だから、待つのも苦ではなかった。一生懸命靴を脱いでちゃんと揃えてから出来たよという満足げな顔でこちらを見上げた優希を褒めるのも忘れない。


「よく出来たな」

「うん!」


ランドセルを置いておいでと言うと、部屋に駆けて行く優希。それを見送って自分もようやく靴を脱ぐ。


優希が綺麗に靴を揃えた手前、自分も倣うべきだろう。


《良い心がけだな。身の回りまで気を配るのは精神を向上させ……って、聞けよ!》

「聞いてるって」


煩いのは適当にあしらい、お茶でも飲もうと用意する。そこで仕事関係のメールが来た。


『明日の夜、会合あり。

当主または代表は出席されたし。

場所:月の宮』


これに『了承』と送っておく。会場となる月の宮は京都にある。


(明日、夜に会合がある。爺さんはどうする?)

《む……行くべきだが……その前に今夜また霊界に送ってくれ!》

(……だから、なんで帰って来やがった!!)


定期的に霊界の門は開かれる。ただ、そうでない時はこちらから開けることも可能だ。


可能と言っても簡単なことではない。霊位を合わせ道を作り、許可を取って見合うだけの力を注ぎ込む。


仮にも神である者には帰ってくるのに苦労はないが、どうしても霊界という領域に入るのには反発があるらしく、高耶の力が必要だった。


《一人で居るのは退屈なんだよ!》

(このっ……ボッチ神が!)


面倒な先祖だ。彼の名は充雪ジュウセツ本家の名は『秘伝』。秘伝書とか秘伝の技なんて言葉があるが、これが苗字だ。


周りには『変わった名前だね』と言われるが、こちらとしては『そのまんまじゃねぇか』と言いたくなる。


その名にある通り秘伝家は、武術や芸事、職人芸などの秘伝や奥義と言われるものを預かることを仕事としてきた。


ただ、始めたきっかけが実はただの趣味だったというのは今生きている一族の誰も知らない。聞くんじゃなかったと後悔したのは三年前だったりする。


昔はそれこそ何百とあった剣道場のそれぞれの流派の持つ秘伝や、職人技などが沢山存在した。


しかし、時代と共にそれらに関心を持つ者は減っていき、高齢の師範達が墓まで持っていくことになる。


そんな時、道場破りよろしく強さを求めて巡っていた充雪の父、夜鷹よだかがそれを一時継承し、望まれた次代へと年老いてしまった師範の代わりに伝えたのが始まりだ。


いくつもの技を継承している間に、陰陽術まで修得してしまったのは行き過ぎだったとしか思えない。様々な武を修めていたために、陰陽師達よりも厄介ごとを片付けやすかったというのもある。お陰で『陰陽武道』という新しい武道が出来上がったのだ。


この全ての免許皆伝を許されるのは、死後、その功績から『業神ワザガミ』となった充雪が視える事は勿論、その波長が合う事が必須だ。


そして、それがバッチリ合ってしまったのが、幸か不幸か本家ではなく分家の者。それも駆け落ち同然で結婚した両親の息子である高耶だったのだ。


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