ACT.5

 一週間後、俺は身支度を整えて奥秩父へと向かった。


『殊勝なもんだねぇ。旦那、やっと宗教に頭を下げる気になったのか?』


 傷だらけのグレーの80年型ムスタングのハンドルを握りながら、ジョージが憎まれ口を叩く。


 勿論奴は知っていて言っているのだ。


『そうだよ。俺だってたまには神様とやらの顔を拝みたくなったのさ。俺だって現世利益ってやつを求めたいからね』

 俺はそう言ってウィンドを開け、シナモンスティックを咥えた。


 道路の両側には緑に彩られた山々が連なっている。


 途中から妙なことに気が付いた。


 こんな山の中だというのに、途中からいやに交通量が多くなっている。


 タクシー、マイクロバス、中には30人乗りの大型の観光バスまである始末だ。


 二度ほど渋滞に捕まり、結局目的の『総本山』まで普通なら30分もかからない道のりが、1時間はたっぷり掛かってしまった。


 どれほどの金をかけて、土地を買収したのだろうと思えるほど広大な面積を占めている。


『神祇一心会大本殿』


 そうでかでかと描かれた看板が目に入り、そこから駐車場まで、またかなりの渋滞だ。


『悪かったな。ジョージ、ご苦労さん、ここで帰っていいよ。』


 俺は折り畳んだ一万円札を数枚数えて彼に渡す。


『でも、いいのかい?旦那?こんな山の中におっぽり出されて、帰りは・・・』


『心配ないさ。順調にいったところで、どうせ明明後にしあさっての朝でないと

 解放されないんだからな。それも順調に行っての話だが』


 ジョージはハンドルを握ったまま、片手で札を受け取り、器用に数え、


『まあ、無事に済むことを祈ってるよ。旦那。またのご用命をお待ちの程を!』


 彼がそう声をかけるのを半分聞きながら、俺は黒いショルダーバッグを肩に担ぐと、ドアを開けて外に出た。


 そこから細い小道を抜けて、やっと『総本山』とやらの入り口にたどり着く。


 受付にはもう列が出来ていて、俺もそれに並び、20分ほど待って、やっと順番が来た。


『ボディチェックをさせて頂きます』


 緋色の袴に白衣姿の、狐みたいな目をした女が、無感動な声で俺に言う。

『やけに厳しいんですな。ここは空港ですか?』


 冗談めかした俺の声に、彼女は全く無反応に、

『兎に角規則ですから』という。


 仕方ない、言われた通りに両手を水平に伸ばし、足を広げると、後ろから俺よりも背の高い、黒い袴に白衣姿のごつい身体の男が、これまた、


『失礼します』と無感動な声で言い、身体を触ってチェックを行った。


 男が緋色袴の女に目で合図をすると、

『結構です。ご協力感謝します』と、これまた無感動な声で言った。

『次にバッグを開けてください』

 俺は何も言わずにバッグを開ける。ここで何か言い返したところで、どうせ、

『規則ですから』しか返ってこないことは分かっている。


 俺がバッグを開けると、袴女はまず外からバッグを探り、それから尖った眼を益々尖らせ、バッグの中を探った。

『支部で貰ったパンフレットに書いてあった通りのものしか持ってきちゃいませんよ』


 俺が答えると、また無感動な声で、


『よろしい。では』

 と、別の緋色の袴をつけた、もっと若い女が『こちらへどうぞ』と俺を案内してくれた。

 表向き、木造に見えるが、実際は鉄筋造りだろう。

 同じ造りの建物が、他にも何棟か並んでいる。

 研修とやらが終わるまで、俺達はここから出ることは許されないそうだ。

(まるでナチの強制収容所だな)俺はそう思ったが、無論口には出さなかった。


『この中に入って、修行服にお着替えになって、指示があるまでお待ちになって下さい』


 彼女の声も、無感動で、人を寄せ付けない感じに聞こえた。


 俺はため息をつくと、バッグを肩から下げ、建物の中に入った。


 


 



 







 


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