ACT.4

二人が先に立って歩いて行き、ホールのすぐ手前の、金色の取っ手のついたドア開けてくれ、

『さあ、どうぞ、お入り下さい』と、俺を招き入れた。

 

 そこは板敷きの広間で、長方形の形をしており、右側に金箔を張り巡らしたあまり趣味のよろしくない祭壇(神棚と言うべきだろうか?)があり、その前に黒塗りの冠に束帯姿の二人の男の肖像写真が並べて置いてあった。


 ホール(彼らは”道場”と呼んでいる)には、10人ほどの男女が、白衣に袴姿の、やはり男女に、何やら神妙な面持ちで話を聞いている。

 どうやら今日は入信希望者の、いわば面接のようなものらしく、白衣に袴姿は指導員というか、正式に信者になった人間らしい。


 案内してくれた二人は、他の連中と同じように、小型の座り机を出してくると、それを俺の前に据え、女性の方が何やら書類のようなものを置いて、俺と向かい合って座る。


 まるで警察署の調べ室で尋問を受けてる気分だな。俺はそう思った。


 そういえばこの二人の目つきも、穏やかな中に何だか俺を丸め込もうとしているような、そんな色が見て取れる。


いぬいさん・・・・乾宗十郎いぬいそうじゅうろうさんですね。ご職業は?』


 女性の方が俺に訊ねてくる。


 隣に座っている男性は、主に俺の喋ったことを書き留める係のようだ。


『職業は・・・・一応自由業です。文筆業とでもいいましょうか』


 俺はそらとぼけて偽の経歴を喋った。


 本来ウソは嫌いだが、仕事上、必要な場合は止むをえない。


『乾宗十郎さん・・・・自由業ですね?で、どんな動機で入信なさりたいと?』


 男の方は穏やかな口調だが、ますますこっちを探るような調子を出してくる。


 だが、ここでびびっていてはプロの探偵の名がすたる。


『仕事上だけじゃなく、家庭生活に於ける、まあ様々な悩みがありましてね』


 俺にしちゃ上出来だ。


 前もって練習してきたわけじゃないが、三流の映画俳優の悩みを、これでもかという具合に打ち明けた。


 男は机の上で両手を組み、様々な質問をなげかけながら俺を見つめる。


 女は女で、ボールペンをせわしなく動かしながら、書類に何か書き込み、時折俺の顔を見上げる。


 幡時間ぐらいで、俺への”尋問”は終わった。


『分かりました。大変な人生を送っていらっしゃったのですね。幸いなことに今から一週間後に、奥秩父にある総本部で研修会がございます。その時は(しんぬしさま)も御出座になられますので、貴方の入信が決定されるかと思います』


 男の方が儀礼的な笑みをまた浮かべた。


『研修は二泊三日となり、三日目の朝までの食事は当方でご用意いたします。つきましては研修会の参加費と致しまして、1万円をお支払い頂きます』


 そらきた。俺は腹の中で呟いた。


 先入観を持つわけじゃないが、宗教が金を持ち出してくると、大抵は胡散臭い、そう見て間違いはないだろう。


『・・・・』


 俺は何も答えず、財布の中から一万円札を引っ張り出すと、彼の目の前に置く。


 すると女性の方が、疾風の如きスピードでそれを取り上げ、入れ替わりに一枚の書類を出した。


『誓約書です』


 確かにその書類には『誓約之事』とあり、


『私(参加者)は、御山(おやま=総本山のことをこう呼ぶらしい)の規約に従い、修行を全うし、入信することをここにお誓い致します。尚、研修中に何が起ころうと、一切の不平不満は申しません・・・・云々』とあり、後は細部に至ってこと細かく規定が書き連ねてあった。


 何のためらいもなさそうに、俺は手早く署名を済ませた。


『有難うございます。それでは一週間後に』


 又しても女性がその書類を素早く取り上げ、どこかにしまった。


 向こうが俺を信じたかどうかは分からないが、これで俺は『おやぬしさま』へのお目通りと、そして『総本山』とやらへ潜り込める機会を掴めたわけだ。






 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る