銃と盾と桃色の魔獣

第24話 盾作り、後悔する

 天翔山は、大陸には珍しい火山である。


 その噴火口からは今も薄く黒雲がたなびいている。

 岩肌も黒く、生えている草木は背の低いものばかりだった。


 天翔山のふもとにたどりついたところで、乗ってきた馬が動かなくなった。

 リルが調べてみると、国境で受けた鉄砲の傷が思ったより深手だったとわかった。


「かすっただけだと思ったんだけど、鉄砲アレの弾には毒でも塗ってあるのかな? 傷が腐り始めている。これはもうダメだ」


 リルは腰につけた袋から丸薬を二つ取り出した。

 それを馬の口の中に腕を入れて、喉の奥まで押し込む。


「いままでありがとう。ごめんな」


 やがて、馬はその場に座り込んだ。

 静かに眠りに落ちたようだ。

 リルは馬の傍らに座って、いとおしそうに何度もたてがみを撫でつけた。


「何をしたのです?」

「馬は足をやられると、もう長くない。薬を飲ませた。苦しまずに死ねる薬だ」


 リルは、安樹を見上げて微笑んだ。


「ホントは、私たちのために持ってきたんだけどな」

「……姫様」

「薬がなくなったから、もう楽には死ねんぞ。どうするんだ、これから」


 食料も水もほとんどなかった。


 二人は、天翔山を見上げる。

 遠くまで見渡しても、動くものの影さえ見えなかった。

 ここは、まるで死の山だ。


 安樹は、この山に開明獣(かいめいじゅう)が出ることを思い出した。

 最強の盾の素材となる硬い鱗を持つ魔物だ。

 具体的にどんな化け物なのか見当もつかないけれど、愉快で楽しい魔物ということはないだろう。

 今の二人には、百害あって一利なしだ。


「シャンバラがダメなら、西に向かうしかありません。天山南路に合流すれば、西へ行くキャラバンに潜り込めるかもしれない。いずれにしても、ここは長居していいところではないようです。今日はこの辺りで夜を明かすとして、朝になったら北へ」


 そこまで言って、安樹は言葉に詰まった。


 朝になったら、北へむかう。

 今まで来た道を逆に行くということだ。

 ここ数日通った道は、木もろくに生えない砂漠地帯だった。休むところも、水のあるところもほとんどない。

 馬に乗ってなんとか越えてきた砂漠を、徒歩で戻ることが本当に可能なのか?


「……すみません。私がシャンバラに来ようと言ったばかりに」

「何言ってるんだ。あの時は私も同じことを言ったろ」


 それは確かにそうだった。

 けれども目的地を決めるなら、もう少し前もって調べてからにすべきだったのだ。

 そしてそれは、年上の安樹が提案すべきことだったのに……


「それだけじゃありません。私がもう少しちゃんと馬に乗れていれば、もっと早くシャンバラまでたどりつけていました。そうすれば馬にも余力があったし、食料や水だってまだまだ残っていたはずです」

「そりゃあ、そうかもしれないけど」

「おまけに唯一のとりえの盾でさえ、鉄砲相手にはまったく役にも立たなかった。姫様は、がっかりなさってますよね、こんな役立たずと駆け落ちしたなんて」


 安樹はじっと足元をみつめた。

 顔を上げてリルの顔を見ることができなかった。

 リルはゆっくり立ち上がると、安樹に近づいた。


「ああ、がっかりしているさ」


 安樹はハッとして顔を上げる。

 リルの声はあきらかに怒っていた。


「だがな、私ががっかりしているのはおまえが役立たずだからじゃない。おまえがこれっぽっちも私の気持ちをわかっていないからだ」


 そう言うと、リルは安樹の胸倉をぐいとつかんだ。

 安樹は体勢を崩してリルの方に倒れ込む。

 額と額がぶつかって、安樹の目から火花が飛んだ。


「いいか! 私はな、一度だっておまえに、いい暮らしをさせて欲しいとか、長生きさせて欲しいとか頼んだ覚えはないぞ! 私はこれまでたくさんの人間を殺してきた。自分がいつ死んでも文句はいわん。ただ、死ぬならその時までおまえと一緒にいたい。私の望みはそれだけだ。つまり、もう私の望みは叶っているんだ。だから、砂漠で騎馬隊に追い回されても、シャンバラの国境で門前払いされても、私は幸せなんだよ! ……それなのに、おまえっていうヤツは」


 澄んだ瞳に、涙が浮かんでいた。


「すみません、姫様を泣かせるなんて」


 リルはクルリと安樹に背を向けて手で涙をぬぐう。


「うるさい、泣いてなんかいない!」

「申し訳ありません。姫様の気持ちも考えず」

「だからいちいち謝るのはよせ! もういい、とにかく夜営の準備をするぞ!」


 安樹は、背中を向けたまま歩き出すリルの姿を見てさっきまでの自分を恥じた。

 自分がふがいないのは事実で、どうしようもないことだ。

 でもだからといって、落ち込んだりいじけたりしている場合ではないのだ。


(私には、例え自分が百回死んでも守らなきゃならない大切な宝があるのだから)

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