第11話 少年の秘密

 軍議が終わり、二人は石牢に戻された。

 

「どうして、あんなことを言ったんだよ!」


 ハーンと対決した疲れからか早々に寝床に横になる田常に、安樹が詰め寄る。


「オレ一人で最強の盾を作るなんて無理に決まっているじゃないか」


 静かな石牢に安樹の声が響く。

 他に囚人はいないのか、地下牢全体が静まり返っていた。


「前にも言ったじゃろう。最強の盾の材料は開明獣の鱗。開明獣はシャンバラの外れにある天翔山にいる」


 田常は寝台から起き上がると、自らの服の襟元を引きちぎった。

 そして襟の縫いしろの中から細かく折りたたんだ紙片を取り出し、安樹に差し出した。


「貴重な物ゆえみつからん所に隠しておいた。天翔山への地図じゃ」


 しかし安樹は、地図を田常の手ごと払いのける。


「だから無理だって。オレ一人でそんなところに行って、そんな魔物を倒すなんて」


 安樹の叫びを聞いて田常はしばらく考え込む素振りを見せ、やがて大きくうなずいた。


「そうじゃな、無理じゃな」

「えっ?」

「考えてみたんじゃがな。開明獣の鱗は、鉄砲の弾も跳ね返す最強の盾の材料となる。ということは、鉄砲をもってしても開明獣は倒せんということだ。倒せなければ鱗は取れん。逆に鱗が取れるようなら、そんなものでは最強の盾は作れんということになる。いわゆる『矛盾』という奴じゃ。いや、鉄砲と盾じゃから『銃盾』というべきかな?」

「そんな! 最強の盾が作れなきゃ、じっちゃんを助けられないじゃんか!」


 そこまで言って、田常は声をひそめた。


「おまえは、ここを出たらまっすぐ洛陽に戻るのじゃ。わしのことは忘れろ。おまえには盾作りのことはほとんど教えた。おまえの腕なら食うには困らんじゃろう」

「でも、じっちゃんは?」

「師匠と呼べ。おまえが戻ってくるまで、わしの命は奪われない。つまりおまえが戻ってこなければ、わしはここで生きながらえることができるというわけだ」

「だめだよ、そんなの!」


 安樹は子供のように泣き喚いた。田常はその姿を見て思わず微笑を浮かべる。


「しかたない。では、とっておきの話をしてやろう。おまえの母親の話じゃ」


 田常は語りはじめた。

 これまで安樹が聞いたことのない、自分の母親の話だった。


「昔の話じゃ。うちの工房の近所に、麗華(れいか)という娘がおった。これが、小さい時分から町でも噂になるくらいのたいそうな別嬪でな。わしもその子の成長を楽しみにしておった」

「だがあるとき、親の商売の都合で彼女は洛陽から開封府(かいほうふ)へ引っ越していった。ちょうど麗華がお前くらいの年の頃じゃ。年月が流れて、街の誰もが彼女のことは忘れてしまった。わしもそうじゃ」

「ところが、十五年前の寒い冬。わしの工房に麗華が一人で訪ねてきた。その頃には洛陽の町の様子もすっかり変わっていて、麗華の知っている家はわしのところぐらいになっていたんじゃな。なんぞわけがあったんじゃろう、家族の話は一度もしなかった。行くあてがないというので、わしは彼女をしばらくうちに泊めてやることにした」

「あの頃はわしもまだまだ元気で、家には何人か女を住まわせていたんでな。一人くらい増えてもどうということはなかったし、麗華を寒空の下放り出すわけにはいかん事情があった。――彼女は、身ごもっておった」


「じゃあ、その麗華って人が、オレの?」


 驚く安樹に、田常は続けた。


「それから半年ほどで麗華は元気な男の子を産んだ。赤ん坊の父親のことを麗華はとうとう最後まで口にしなかった。じゃが、わしはそれでもいいと思った。父親のない子などたくさんいるし、わしがその代わりをしてもいい」

「ところが、男の子が生まれて三ヶ月ほどたった晩ことじゃ。麗華は、わしの家から忽然と姿を消した。赤ん坊を残してな。置き手紙の一つもない。あったのは古い絵本だけ。おまえが小さい頃よく読んでおったじゃろう、あれ一冊っきりじゃ。なんとも薄情な話よのう」


「その男の子が、オレなのか?」


 田常は、静かにうなずいた。


「わしが言いたいのは、おまえはわしの本当の孫ではないということじゃ。血のつながった家族ではない。だから、わしに義理立てしようなどとは思わんことだ」


 それだけ言うと、田常はまた寝床に横になった。


「ここを出たら、わしのことも最強の盾のことも忘れて平和に暮らせ。わしはけっしておまえのことを恨みはせん。もし、わしがおまえの立場なら、絶対にそうするじゃろうからな」

「ウソだ! そんなのウソだろ!」


 その後、安樹は何度も田常の体を揺すって話しかけた。

 けれどもその夜、田常が口を開くことは二度となかった。

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