第7話 血塗れの少女リル

「バカ言え! この中身は火薬だ。シリアまで持っていけば、倍の重さの砂金になるんだぞ!」


「なんじゃと、火薬とな!?」


 隊長は横に並ぶ安樹の馬車を振り切って、強引に自らの馬車を先へ駆けさせた。

 その勢いで安樹たちの馬車は道から外れ、馬ごと横倒しに倒れてしまう。安樹と田常は馬車の外へと投げ出された。


 安樹は、激しく地面へと打ちつけられた。

 

 目の前が真っ暗になるほどの衝撃が走る。だがいつまでも倒れてはいられなかった。後ろから、地鳴りのような馬のひづめの音と蛮族たちのおどろおどろしい奇声とがどんどん近づいていた。


「安樹! 盾を開け!」


 田常の叫び声が聞こえる。

 空を仰ぐと、一面の星空の向こうから無数の黒いものが飛来してきた。飛んできたものは、盗賊団の放った矢だった。

 安樹は無我夢中で馬車からこぼれた荷物を開け、矢盾を探した。


 その後、安樹が見たものは、阿鼻叫喚の地獄絵図だった。


 空から降ってきた盗賊団の矢で、キャラバンのほとんどの馬が走行不能になった。追いついた盗賊たちは、赤子の手をねじるようにキャラバンの人間を殺戮していく。


「キージップアナクサ!」


 刀を振り下ろすたびに、盗賊たちはおどろおどろしい言葉を叫んだ。

 その言葉はこれまで安樹が聞いた事のないものだったけれど、「皆殺しにしろ」という意味であることは本能で理解できた。


 安樹は、両手に甲羅の盾を持ち必死になって身を守った。


 しかし、襲ってきた盗賊団は百人を超す大人数だ。攻撃を防いでも防いでもきりがない。その上、彼らの武器は刀身の反り返った円月刀(シミター)と呼ばれるもので、得意の「玄武白刃砕き」も繰り出しようがなかった。


 安樹と田常は、いつのまにか背中合わせになっていた。

 おそらくキャラバンの生き残りは安樹たち二人だけになったのだろう。盗賊たちがゆっくりと二人を取り囲みはじめる。それはまるで、弱った獲物を前にどうやってとどめを刺そうかと思案している狼のようだった。


「しっかりしろ、盾が破れるより先に気持ちが破れてはならんぞ」


 田常が叫ぶ。しかし安樹は、いよいよ死を覚悟した。


 ――その時だった。


 盗賊たちの囲みの一部がとけ、道ができた。

 その道の向こうから、二騎の騎馬がゆっくりと進んでくる。

 一騎には、盗賊団の頭領らしい長身の男が乗っていた。男は盗賊たちに何やら指示を飛ばしている。よく見ると、男の右腕は二の腕の中ほどから義手が取り付けられていた。


 後ろからやってくるもう一騎は、派手な甲冑をまとった白馬だった。

 白馬の主は真っ赤な外套を羽織り、これまた真っ赤な羽根のついた大きな兜をかぶっている。


 その姿を見て、安樹は驚きの声を上げた。


「リル! 君か!」


 馬上の人物は間違いなく、キャラバンで馬の世話をしていたあの少女だった。


「馬車に隠れていろと言っただろう」


 リルの言葉には優しい響きがあった。


「リル!」

(助けてくれるのか!?)


 安樹は一瞬ホッとして、すぐに少女のいでたちが普通でないことに気がついた。


 彼女の手には大きな刀が握られており、そこからは滴るような血が流れている。

 真っ赤な装束を着ていると思ったけれど、よく見るとそれは返り血で染まったものだった。


 少女は刀を天に振りかざすと、声高らかに雄たけびを上げた。


「皆のもの! 悪魔の武器を運ぶ死の商人に鉄槌を、『河西回廊皆殺し大作戦』大成功! 我らの勝利だ!」


 すると、辺りにいた盗賊たち全員がリルの呼びかけに応じて刀を振り上げ、奇声を発しはじめる。それは河西回廊の草原中に響き渡るような大音量になった。


(この子は、盗賊団の内通者なんかじゃない)


 安樹は、その時ようやく理解した。


(この子は、盗賊団の女頭目なんだ!)


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