第十一話『宮殿の最後』①
黄昏の世界。
空は紅く染まり、決闘の結末を予言しているかの様だ。
アリオとニーナは離れて対峙していた。
互いに間合いを計り、相手の出方を窺っている。
ニーナのドレスに縫い付けられた『眼』はどれもがアリオを捕捉していた。
間合いを計りながらアリオが手を伸ばすと、指先の空間が一瞬、歪んだ。かと思えばアリオの手には装飾の施された美しい銃がいつの間にか握られている。銃のグリップには髑髏のアクセサリーが付いていた。
「魔銃『ブルトガング』ね♪」
ニーナは余裕たっぷりで言った。
「よく知ってるじゃない」
「わたしは四百年以上を生きた魔女よ、なんでも知っているわ♪ でも、残念。わたしに『世界の欠片』は通じないの♪ 『緋雨』を操る彩女お姉さまですら、わたしには敵わなかったんだから♪」
「おしゃべりな魔女ね」
そう言うとアリオは魔銃『ブルトガング』を構えた。
銃口に魔法陣が現れると、アリオは引き金を引いた。
ドン!!
ドン!!
ドン!!
魔法陣から閃光が放たれ、一直線にニーナへと向かった。
しかし……。
その閃光をニーナは紙一重で交わす。
アリオは少し意外そうな表情をした。
アリオの攻撃を交わすには身体能力はもちろん、動体視力も優れていなければならない。
「今、驚いたでしょ♪」
アリオの攻撃が已むと、ニーナは得意気に言った。
「わたしのドレスはね、魔導武装なの。あなたの攻撃を捉える事なんて簡単よ♪ 今度はわたしの番ね♪」
そう言うと、ニーナは手を組み、額に近付けた。
「闇より来る死蝙蝠よ、眼前の敵を屠れ!!」
ニーナが呪文を唱えると、無数の死蝙蝠が瞬時に現れ、物凄い勢いで一斉にアリオへと向かった。死蝙蝠たちがアリオを包囲すると、その内の一匹がアリオのスカートに触れた。
ボンッ!!
触れた途端、死蝙蝠は起爆して爆ぜた。
「アハハハ!! !! 塵になっちゃえ!! !!」
ニーナの掛け声をきっかけにして、死蝙蝠たちはアリオを包み込んだ。
ドガアアアァァァン。
爆音と共にアリオのいた周囲は建物もろとも吹き飛んだ。
黒煙がたちこめ、空へと上る。
「アハアハハハハハアハハハ。全部。アハハハハハハ。吹っ飛んじゃった♪ アハハハハハ」
ニーナは狂った様に笑った。
しかし、その笑い声は程なくしてやんだ。
アレ? という表情をしてニーナは黒煙を見つめた。
黒煙の中から人影が現れたからだ。
人影はアリオだった。アリオは傷一つ負っていない。それどころか、セーラー服もなんら損傷していなかった。
爆発の瞬間、アリオは自身の周囲に魔法で防御障壁を張り巡らせていた。
「う、ウソでしょ……」
驚愕し、狼狽えるニーナにアリオは一歩一歩、近付いていく。
「一つだけ……解った事があるわ……」
アリオは後ずさるニーナに言葉を投げかけた。
「この程度の力じゃ……『世界の欠片』を持つ能力者なんて殺せない……」
「はぁ? どういう意味よ!!??」
アリオの真意を計りかねるニーナは自然と声が大きくなった。
アリオは立ち止まると、ニーナを見た。ニーナの狼狽は増し、その目には恐怖が浮かんでいる。
アリオの口の端が上がった。
「そのまんまの意味よ。きっと……『緋雨』の持ち主の彩女さん……。あなたに殺されたんじゃなくて……殺されてあげたのよ」
「う、ウソだ!! そんな事……。ある訳がナイ……」
ニーナはカリカリと親指の爪を噛んだ。
「今から、『世界の欠片』の実力を見せてあげるわ」
アリオはブルトガングの銃口を空へと向けた。
つられてニーナが空を見上げると、そこには幾つもの魔法陣が現れていた。
朱色の空があまたの魔法陣で埋め尽くされている。
魔法陣は大小様々で、幾何学的な文様がくるくると回転していた。
「魔銃『ブルトガング』、その無慈悲で冷酷な雨をここへ!! 暴虐の限りを尽くせ!!」
アリオが叫ぶと、上空の魔法陣から放たれた幾つもの閃光が空中庭園へと降り注いだ。
コンクリートでできた床が、空中庭園を彩る樹々が、そして金盞花床が、それぞれ砕け散って飛散する。
何もかもが破壊され、空中庭園は砲撃戦後の戦場跡の様相を呈していた。
ズル、ズル、ズル。
腹部を貫かれ、飛び出た内臓を引きずりながら、ニーナは地を這っていた。
ニーナは右手と右足も失っており、懸命に逃げようと蠢いていた。その姿は、あのカプセルに入っていた『かつてヒトであったナニカ』そのものだった。
常人ならとうに死んでいるはずだが、生きながらえているところが『背眼の魔女』と呼ばれる所以なのかもしれない。
スッとニーナを影が覆った。
それがアリオの影だと解るとニーナは半壊し、焼け爛れた顔を必死に上げた。
「ダ、ズ、ゲ、デ」
最早、聞き取れない単語を発するニーナにアリオはブルトガングを向けた。
「゛ヤ、゛メ、デ」
冷たく光る銃口を見るニーナの瞳に絶望が広がった。
「去ね」
パァンッッ……!!
『黄昏の世界』に乾いた銃声が響いた。
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