オープニング②
エンジは鉄パイプを武器に2体のハウンドと交戦している。
「あいつの足どんだけ早ぇんだよ、老人には堪える。」
「脳みその筋肉が全部脚に行ったんだろ。」
ハクは毎度エンジには厳しい。
「ぶはっ!容赦ねぇ!走りながら笑わすな!」
『うるるるるぅせぇな!』
戦いながら声を上げるエンジの巻き舌が怒りの表現を助長させる。
「お、聞こえてたみてぇだなぁ。」
「思考する機能が全部耳に行ったん…」
『うううううるるるるるるせぇな!』
ルストの笑いは止まらない。すると、壊れた壁面から最初にエンジが蹴り飛ばしたハウンドがルストに向かって飛び掛かかり、「ドゴッ!」という鈍い音と共に土煙を上げる。
「…先行くぞ。」
それを見ていたハクはエンジの方へ走り続けた。土煙が晴れると陥没した地面に拳を突き立てるルストの姿があった。陥没した地面にはピクピクと痙攣し、瀕死状態のハウンドがいる。
ルストは飛び込んできた瞬間に拳一発で仕留めたようだ。
「まずは一匹かな、一人一体のノルマ達成だぞぉー。」
口元に手を添え、2人に聞こえるように叫ぶルスト。
『わかってらぁ!もう黙ってそこで見てろ!』
振り向いて文句を言うエンジのイライラはMaxであった。
「前見ろ。」
ハクの忠告通り、下から切り上げるようにしてハウンドの爪が迫っていた。
『あぶねっ。』
−キィィィン!
すぐさまパイプで受け止め、勢いを殺すため後方に宙返りするが、パイプは綺麗に真っ二つになっていた。
「こいつ、もらうぞ。」
追いついたハクは、宙返りしているエンジの真下を走り抜けた。完全にエンジを注視しているハウンドの頭へ右足の回し蹴りを入れると、軸足を入れ替えて反転し、左足で鋭い蹴りを胴体にお見舞いする。
「バァウ!!」
ハウンドは声を上げながら吹き飛んでいった。
エンジはその場へしなやかに着地すると、残ったハウンドへ体を向けパイプを突き付けた。
『んじゃ、俺は残ったお前の相手するぜ。』
2本になったパイプを左右の手に持ち、巧みな技でハウンドの攻撃をいなしては、反撃を繰り返す。しかし、ハウンドの大きく発達した爪は、鉄パイプを紙のように切り裂いていく。
『やっぱ爪の切れ味、凄すぎだろっ!あ、いいこと思いついたっ!』
ハウンドの顎に下方から強い一撃を当てると、空中で無防備になった胴体を思いっきり蹴り飛ばす。
『あれれ~?俺のほうが先に倒しちゃうんじゃないのぉ!賢いハクちゃん!』
エンジはいじられた分、ハクを煽っていく。
「こっちはルストからの訓練を兼ねて、苦手な蹴り技しか使えないんだよ…。ただでさえ狙う位置が低いのに。」
ハクは不利な状況をぼやきながら戦闘に向かう。
ハウンドの顔を思いっきり蹴ると、次には背後に回り、足払い。転がした瞬間に胴体側に滑り込み、蹴り飛ばす等、言葉と裏腹にハクの戦いは頭脳的で素早くハウンドを圧倒していた。
『へっ、蹴り技苦手じゃねぇのかよ、しゃ!そろそろ仕上げだ!』
「ハウンドのコアの場所覚えてるかぁ!?」
遠くからルストが2人に話しかける。
「『背面から見て両肩甲骨の間ぁ!』」
2人は声を揃えて答えた。
「上出来だぁ。んじゃすまん、貰うぞ。」
怪物にはそれぞれ決まった場所に“コア”という心臓部を所持しており、コアを破壊したり、身体から抜き取ったりすることで再起不能にすることができる。
ルストは地面にのしているハウンドの背中から左右の肩甲骨の間にナイフで切れ込みを入れた。両手でそこを開くと、鼓動を鳴らしている赤黒い輝きを放った7センチ四方の立方体が見えた。
ルストはコアを掴み、身体から引き剥がすとハウンドの身体はゆっくりと塵になった。
「おめぇらぁ!ちゃんと綺麗に回収しろよぉ!」
ルストは手にしたコアをウエストバックにしまった。
『はいはい。』「ああ。」
背中合わせに立つハクにエンジが話しかける。
『ハク、これ使うか?』
エンジは戦いの中でハウンドの爪を利用し、パイプの先端を長く鋭くとがらせていた。
「いや、試したいことがあるからいい。」
『そっか、んじゃ先にコアはいただくぜ。』
「ふっ、言ってろ。」
それぞれのハウンドに向かって2人は一直線に飛び込んだ。
ハクはハウンドの下に滑り込み、下から思い切り蹴り上げた。ハウンドが空中浮遊している間に姿勢を戻し、構え直すと一度だけ深呼吸を行い、右足に意識を集中させる。
「ふんっ…!」
落下してくるタイミングに合わせ踏み込んだ左足により地面はえぐれ、その衝撃で地面が隆起した。
指先まで尖らせた右足の蹴りは槍のように鋭く、ハウンドの胴体を貫通させた。
エンジ側のハウンドは飛び込んでくるエンジに爪を振り下ろしてくるが、左手のパイプで爪を軽くいなすと、そのままパイプを捨てハウンドの懐へ間合いを詰める。
エンジは尖らせたパイプを両手で握り、横に一太刀浴びせると体は上下2つに分かれた。すかさず背面へと移動し両肩甲骨の間をめがけて縦に切り落とすとハウンドの体は4つに切り刻まれた。
―2人は同時にとどめをさす。
「…おい、コアは?」
一部始終を見ていたルストが聞く。
「『あ。』」
2体のハウンドとコアは静かに塵と化した。
『いやぁ、気分上がっちゃって。』
「同じく。」
「ああああほぉぉぉ!まぁまぁな強度のあるコアを傷つけるならまだしも、粉々にしてどうする!!??」
『へへへへ。』
「・・・・。」
「へへへ。じゃねぇし!黙ってんじゃねぇし!コアはいい燃料にもなるから、美品なら高値で売れるっていつも言ってるだろぉぉぉ!?」
怒りで力のこもった手の指をウニウニと動かすルスト。
「…お前ら、今日の布団はないと思え…。」
『ええええ!そりゃねぇよ!』
「俺はルストの訓練でペナルティもあった。」
エンジとハクはそれぞれに不満を言う。一呼吸置いたときにエンジはふと思い出したことを口にした。
『あ、そういえば、盗賊なんていなかったよな。やっぱあの爺さん騙してたのか。』
「いや、ハウンドの巣であったとしてもここの空間は松明があったりして整いすぎている、人間が住んでいたと考えてもいい。」
『ああー、確かに。』
改めて戦っていた空間を見渡すと人がいた形跡を確認できた。
「街に戻ってとりあえず爺さん探してみるかぁ、これだけ街にハウンドが近づいているのも珍しい、もしかしたら、例の人型の怪物が関係しているかもしれねぇ。となると俺も少々気になる。」
ルストはあご髭をジョリジョリ触りながら言った。
『確かに、最近噂の人型ねぇ…。考えてても仕方ねぇ、その前に、彼らを火葬してやろうぜ。』
「そうだな。」
―エンジたちは、人骨と肉塊の山へ向かった。
『何度見ても、
「ほら、身体も天に送ってやろう。」
ルストはカバンから肉厚の小瓶をエンジに渡した。中には粘性の強い赤茶色の油が入っている。
―ジメチオイル―
動物に関わる細胞に反応して浸透し、溶かし、可燃性の物質に変える特殊な油。
数滴で対象を溶かし続ける。構造物のような無機物には反応せず、また怪物にも無害であるが、人間、動物にはとても有害であり、生きていても溶かされるため扱う人は少ない。エンジたちは仕事柄、死体をよく見るので彼らを弔う目的で常に持ち歩いている。変化させた物質を燃やすと、40℃程の温かい炎を作り出す。
エンジは受け取った小瓶から数滴のジメチオイルを死体の山へ垂らすと見る見るうちに溶け出していった。
ハクは壁にあった松明を持ち、彼らに火をつけた。油は飛散した血液の跡も辿っており、部屋中がオレンジの炎で灯される。
「これほどまでたぁ。」
ルストの
『ああ、でも、あったけぇな。』
しゃがんだままのエンジは部屋の奥まで広がる炎を見ていた。
しばらくすると炎から小さい光が無数に表れ始めた。その光はふわふわと自由に飛び回り空間をより幻想的にする。
一つの光がハクのもとに飛んでくると、ハクはその光を右手でやさしく掬い上げた。そのままゆっくりと右手を天に伸ばすと、それに合わせるように無数の光たちも天へと向かっていく。
「今、身体を送るから。」
―そして光は、炎と共に静かに消えていった。
死臭もなく、灰も残さず、できるだけ美しい形、空気、状況で送り出すことが犠牲になった彼らへのせめてもの手向けなのだ。
「…いくかぁ。」
部屋の静けさが、温度を一層冷たくさせた。
3人はアリの巣のように伸びた地下の道を帰る。
「今回の旅は、何か思い出したか?」
ハクはルストを見て尋ねた。
「いや、いつも通り何も。ただあの炎を見る度、ずっと昔に同じようなぬくもりを感じたことがありそうな気がするんだよなぁ。」
「あー、表現がややこしい。」
ルストは弔いの火を見るとどこか昔の記憶を思い出すという。
「毎回その感覚が出てくるってことは、絶対に忘れちゃいけねぇことなんだろうなぁ…。」
ルストがずっと危険な場所に赴く理由はこの記憶を思い出すきっかけが外にあると思っているからだ。
3人は何事もなく地上についた。
「大分深い洞窟だった。」
「地下に張り出していた鉄骨の大きさからすると、もしかしたらデケぇ塔だったのかもしれねぇぞ。」
「そんなわけ。」
ハクとルストは冗談で笑い合っている。少し遅れて洞窟の入り口から出てきたエンジは最初の場所で、床に消えかかった文字を見つけた。
『ん?ひがし、、?タ、、ワー、、?…読めん。あ。オイ!ちょっと待てって!』
砂嵐は晴れており、砂地を歩く2人の後ろからエンジは走って飛びついた。
――ローブを被った何かが、じゃれ合う3人を廃墟からのぞき込む。
口元がニヤリと緩んだ。
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