第26話 結婚


 イレーナ・ロベール 18歳。本日、わたくしは大好きな方の元へ嫁ぎます。

 先日完成したばかりのウエディングドレスに身を包み、髪は美しく結い上げられました。デボラたちに丁寧な化粧を施され、いつもより少しだけ大人っぽくなれた気がしています。フィリップ様と並んでも恥ずかしくないと思います……


 「お嬢様、とてもお綺麗ですわ」

 「ありがとう、デボラ」

 「イレーナ……美しいわ。幸せになるのですよ」

 「はい、お母様……」


 数年前までは結婚など出来ず、20歳を過ぎたら教会へ身を寄せるしかないと思っていましたが……こうしてわたくしのスキルを含め全て包み込んでくださるフィリップ様の元へ嫁ぐことができ嬉しいです。



 婚約パーティーはエバン兄様と比べるとこじんまりとしたものを行ったため(エバン兄様とリーリアが派手すぎただけともいいます)、結婚式は盛大にすることに決まっています。お友達やお世話になった方をたくさん招待する予定です。


 準備期間がたっぷりあったおかげで、慌てることなくしっかりと結婚の準備をすることができました。

 結婚式のドレスのデザインは主にお母様とエミリアお姉様、フィリップ様のお母様とアナベル様があれこれ相談してしまいました。わたくしのいちばんの希望はただひとつだけ。破れないことですわ……まぁ、それは破れる時には破れてしまうので希望はほぼないに等しいですね。

 わたくし、デザインのセンスや流行に自信がありませんので……皆さまの意見を存分に参考にさせていただくつもりです。


 「お母様、わたくしはこちらのデザインがいいと思いますわ」

 「そうね、エミリア。でも、わたくしはこちらもいいと思うのです」

 「まあ、ルシア様。わたくしもそう思いますわ」

 「そうねぇ……イレーナちゃんは何を着ても似合うし、どれも素敵で迷ってしまうわねぇ」

 「「「ええ……そうですわね」」」


 2歳になったばかりの姪のミレーヌまで仲間に加わって必死に気に入ったデザインを「これっ!これっ!」と指差しています。ミレーヌが指を指すデザインはセンスがあるものばかりです。さすがエミリアお姉様の子ですわ。


 わたくしですか? わたくしはほとんど着せ替え人形でしたわ……ですが、最終的に2つに絞られたデザインから私の好きな方を選ばせていただき、特に大きな問題もなくドレスのデザインが決定し、ひとまず安堵しました。


 ちなみにミレーヌはスキルを鑑定するという名目もあって連れてこられました。

 ミレーヌのスキルは今のところ【健康】【裁縫】【美貌】でした。

 以前ならミレーヌのスキルを羨んだでしょうが……もう、羨ましいとは思いません……だってそのままのわたくしを受け止めてくださる方がいますもの。


 ドレスのデザインが決まれば次は布選びです。ウェディングドレスの色は白ですが、ひとくちに白といっても色々ありますし……布の素材や光沢はどうするか。リボンやレース、刺繍はどうするのか……わたくしはずっと立ちっぱなしで、気が遠くなるほど何枚もの布を当ててあれでもないこれでもないと何が似合うか皆さまに確かめられていきました。ですがその時間も決して嫌ではなく、どこかワクワク、ふわふわとしていました。


 「こちらも捨てがたいですわ。イレーナ手を上げてくださる?」

 「ええ、お母様」

 「ええ、でもこちらも素敵で……イレーナさん後ろを向いてくださるかしら」

 「はい、お義母様」

 「イレーナちゃんちょっとそちらの日が当たるところに移動してくださる?布の光沢が見たいの」

 「アナベル様、わかりましたわ」

 「はぁ……どれも素敵で悩んでしまいますわね」

 「「「ええ……」」」


 結局、フリルやリボンが少ない分、たっぷりのレースにシルバーやゴールドの刺繍糸で精緻な刺繍がなされたウェディングドレスとなりました……刺繍は時間がかかるそうですが、式までには余裕があったので問題ありません。

 その分、ネックレスやイヤリングなどのアクセサリーはドレスの邪魔にならないシンプルだけど手の込んだものを作りました。

 今回のアクセサリーはフィリップ様との共同作業の元作られた魔道具です。

 結局、【無効化】スキルの魔道具は作らず【制御】のみとなりました……フィリップ様曰く、無効化してしまうと【健康】スキルなども無効化されてしまうとのことで、それらを懸念されたそうです。


 「魔道具は作り直せはいいが、イレーナが身体を壊すことの方が困る」

 

 と言ってくださったのです。なんだか、最近フィリップ様が甘い気がします……嬉しいやら恥ずかしいやら慣れてないもので反応に困ってしまいました。



 ◇ ◇ ◇



 雲ひとつなく晴れ渡る空の下、降り注ぐ光に照らされたステンドグラスが美しい教会をお父様に手を引かれ、たくさんの祝福に包まれながらゆっくりと慎重に進み……司祭様とフィリップ様が待つ祭壇に辿り着きました。


 「フィリップ殿、イレーナを頼む」

 「はい」

 「イレーナ、幸せにな」

 「はい、お父様……」


 フィリップ様の腕を怪我させないよう、失敗しないようそっと掴み、緊張しているものの表情はあくまでも優雅な笑みを意識して浮かべ司祭様の前へ進み出ます。

 ここで宣誓をしてから、婚姻の証明書にサインをします。


 「では、こちらにサインを」

 

 フィリップ様がペンを走らせた後、手渡されたペンを折らないようそっと握り慎重にサインします……練習の成果か少し文字がにじんだだけですみました。よかったです。


 司祭様が間違いがないかどうかを確認した後……


 「2人が夫婦となったことを今ここに宣言します」


 結婚指輪をお互いの指にはめ、その後に誓いのキス……ぎゅっと瞳を閉じ胸の高鳴りがフィリップ様に聞こえてしまいそうなほどドキドキしました。



 結婚指輪はわたくしとフィリップ様の共同作ですわ。

 フィリップ様は『エタンセルマン』について困ったり悩んだ時に必ず1番に相談することを条件に結婚後もわたくしが『エタンセルマン』に関わり続けることを許してくださいました。といっても、わたくし以外にアクセサリーを作れる方がいないので規模は縮小することになりましたが……


 祝福されつつ教会を出て、入り口に停めてある馬車に乗り、披露宴パーティーの会場に移動します。

 ファーストダンスを無事に乗り切り、たくさんの方に祝われたパーティーも盛況に終わり、私は新居となる屋敷に帰宅しました。


 わたくしとフィリップ様の新居はベルナー侯爵家の持ち物の1つであるお屋敷です。お義父様がわたくしたちふたりのために用意してくださいました。

 貴族のお屋敷としては小さめですが、わたくしとフィリップ様、数人の使用人が過ごすには充分すぎるほどの大きさがあるお屋敷です。


 その後、わたくしはデボラにされるがままに磨きあげられ、ドキドキと緊張が高まります。デボラはわたくしの嫁入りに付いてきてくれました。とても心強い存在です。

 お母様やデボラからはフィリップ様にすべて任せればよろしいと言われましたが少し不安です……

 2人で眠るための大きなベッドにちょこんと腰を下ろし、頼りない夜着の袖をいじりながら……そわそわとした気分でフィリップ様を待ちます。

 ちなみにベッドはかなりの時間と魔力を交換に魔道具に作り変えられたので、わたくしが壊す心配は無くなったそうです。

 あと、わたくしがよく触れるものもできる限り魔道具に変更中です。

 わたくしが気をつければいいと思ったのですが、フィリップ様は頼られたいのだとエバン兄様からお聞きしたので甘えることにいたしました。


 慣れない部屋にほんの少しの居心地の悪さを感じていると、カチャリと扉が開く音とともにフィリップ様が入ってこられました。


 そしてゆっくりと近づいてきたフィリップ様はわたくしの隣に座ります。


 フィリップ様は嬉しげに目を細め、わたくしをぎゅっと抱き寄せられます。

 もちろんわたくしはそっと手を添えるだけですわっ。いまフィリップ様を抱きしめ返したら嬉しさのあまり怪我させてしまうかもしれません。ドキドキとうるさい鼓動がフィリップ様に聞こえてしまいそうです。

 

 そのまま、どんどんフィリップ様の顔が近づいてきます。

 わたくしは瞳を閉じ、ゆっくりと唇が重なりました。


 「んっ……」

 「イレーナ……愛してる」

 「フィリップ様、わたくしも……愛していますわ……」



 こうして、怪力というスキルに悩み奮闘した怪力令嬢は幸せな結婚を果たしたのでした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る