第25話 舞踏会


 先日、エバン兄様がサルマンディ家へ婿入りいたしました。

 結婚式では綺麗なドレスに身を包み幸せそうなリーリアに思わず見とれてしまいました。

 リーリアの今回のウェディングドレスは純白の分、エバン兄様はアクセサリーにかなり細かい注文をつけたのです。周囲が呆れるほどの熱量でしたわ。ええ、わたくしもかなり振り回されることとなりました。フィリップ様やアランはこんな苦労をなさっていたのですね……

 アクセサリーはすべてわたくしが作ることになっていたのですが、エバン兄様の注文が多い上に細かくて苦労いたしました……例えば「ここの丸みがリーリアっぽくない」とか「ここは蕾にしてくれ」や「こっちの石はここで、この石はあそこで」など……それはもう色々と。エバン兄様には相当なこだわりがあるようで、作っているわたくしですら違いがよくわかりませんでしたわ。

 若干……それを見たリーリアも引いていた気がします。

 わたくしもエバン兄様のアクセサリーに時間をとられたためなかなかフィリップ様に会うことができませんでした……

 ですが、それもとても美しい花嫁を見た瞬間にすべて報われましたわ。もうリーリアはわたくしのお義姉さんなのですね……なんだか少し不思議な気持ちです。


 「イレーナ、とても素敵なアクセサリーをありがとう。これからもよろしくお願いしますわ」

 「ええ、こちらこそ。お義姉様?」

 「いやだ、なんだか慣れないわ」

 「ええ、わたくしも変な気分ですわ」


 ちなみに、リーリアが結婚式でつけていたアクセサリーを見た方から『エタンセルマン』に注文が殺到しているそうです。

 お店としては嬉しい悲鳴ですが……作るわたくしは結構大変です。完全オーダーメイドですから細かい調整も多いので他のものより手間がかかるのです……ですが、デボラが宝石をはめる作業を請け負ってくれるようになったのでなんとかなっています。というより、エバン兄様ほど細かい注文をつける方はいませんでした。


 2人の式の数日前には数ヶ月前にオープンしたラーナさんのカフェに集まり、リーリアをお祝いしました。やはり、庶民の方を式に招くのは難しいとのことでカフェでお祝いすることになったのです。


 カフェはシェリーちゃんが時々看板娘として働いているそうで、結構な頻度で集まっています。行くと必ずラーナさんに会えるので恋愛相談も多いそうです……わたくしとしてはラーナさんと隊長さんの行方も気になっているのですが……


 ちなみにパトリシア様も数ヶ月後の結婚式の準備で忙しいらしく、アクセサリーも『エタンセルマン』で注文なされたそうです。

 パトリシア様はわたくしが作っていることはご存知ありませんが……一段と気合いを入れて作らなければいけませんね。


 誰かにお祝い事があるとカフェに集まるようになったのはこれからですね……もちろん、パトリシア様の式の前にも皆さまでお祝いいたしました。




 ◇ ◇ ◇




 本日は王族主催の舞踏会です。

 わたくしはフィリップ様のエスコートで会場へ行きます。

 会場にはお父様やお母様フィリップ様のご両親、ライナス様やアナベル様やお姉様たちの姿もありました。少し心強いですね……



 わたくしはフィリップ様の瞳の色である空色のドレスを身につけ、アクセサリーはフィリップ様と共に作った『制御の魔道具』です。


 王城内はきらびやかに飾りつくされ、テーブルには美味しそうな食べ物や飲み物がズラリと並んでいます。美味しそうですが、今回も飲食は厳禁ですね……食器が華奢すぎます。


 何故でしょう……皆さまがフィリップ様を見て驚いています。

 フィリップ様はいつもと変わらない柔らかい笑みを浮かべています。ライナス様とアナベル様までこちらを見て何かおっしゃっているではありませんか……どこかおかしなところでもあるのでしょうか。


 「お、フィリップ……その顔はやばいぞ」 

 「いきなり何ですか、エバン兄様……ご機嫌よう、お義姉さま」


 エバン兄様はリーリアを連れ……というよりガッチリガードしながらこちらへやってきました。

 もちろんリーリアのドレスは兄様の色です。


 「ふふ、イレーナ。人目がないときはそれやめてくださる?」

 「ええ、わかったわ。リーリア」

 「そりゃ、あの気難しいで有名なフィリップの笑顔じゃ会場中がざわついたのは仕方のないことだよなぁ」

 「……何のことでしょうか? フィリップ様はいつもとお変わりありませんけど」


 エバン兄様はニヤニヤしています。


 「エバン様……あんまりからかってはいけませんよ。イレーナ、あまり気にしなくていいですからね」

「ええ、わかりましたわ」

「お前らも来年には結婚だろ? ここでしっかりアピールしておけよ」

 「ああ、わかってる」



 フィリップ様がたくさんのお仲間に囲まれている間、少し離れたところで待っていることにします……

 すると美しく着飾っている数人の令嬢がこちらへ向かって来ます……特に親しくしていない方々ですね。

 彼女らはわたくしの近くに陣どり、広げた扇子で口元を隠してはいますが、わざと聞こえるような声の大きさでこちらへ向けて喋っているのがわかりました。

 

 水面下でお互いに牽制しあっているのはよくあることだそうです……仕方ありません。噂話というものは、どこでもささやかれるのです。


 内容としては「何故あの方が彼の婚約者なのかしら」とか「あの方より誰それの方がお似合いですわね」など……わたくしの方を見て言っていますね。

 やはり、わたくしとフィリップ様との婚約をよく思わない方のようですわ……


 直接言われているわけではありませんし、どうしましょう……困っているとリーリアやパトリシア様が来て諌めてくださいました。


 「まぁ、こんなところに居ずにご自身の婚約者の方を探したほうがよろしいのではなくて?」

 「そうですわ、婚約者の方が先ほどはぐれてしまったと探されておりましたわよ」


 まぁ、この方たちは婚約者の方がいらしたのですね……てっきりフィリップ様には憧れて縁談も断っている一途な方かと思いましたのに。

 ふふっ、こんな時なのに助け舟を出してくださる2人がいるだけで笑顔になってしまいますわ。

 だって、リーリアが困っていればエバン兄様がパトリシア様が怒っていらっしゃればダヴィド様がどこからともなく現れてあっという間にその場の空気を変えてしまうんですもの……そして、わたくしのそばにもフィリップ様が来てくださいましたわ。


 「イレーナ、平気か?」

 「ええ、フィリップ様。皆さまのおかげで何ともありませんわ」


 令嬢方も男性陣の空気に圧倒されどこかへ行ってしまいました。きっと、婚約者の元へ行ったのでしょう。

 きらびやかな舞踏会の会場では、オーケストラが優雅に曲を奏でています。国王と王妃様のファーストダンスが終わり、あとは自由にダンスを踊るそうです。


 「イレーナ、我々も踊ろうか」

 「ええ……」


 ガチガチに緊張したままフィリップ様に手を引かれフロアへ進み出ます……

 フィリップ様を怪我させないよう気をつけます。

 公の場で誰かと踊るのは初めてな上に(練習も相手を怪我させないようほとんど1人でした)お相手がフィリップ様なので胸が高まります。

 周りにはリーリアとエバン兄様やパトリシア様がとても美しく華麗に踊っています。見惚れてしまいそうですわ……


 周囲の令嬢の視線が痛いです。特に先ほどの令嬢の視線が刺さります。あら、婚約者の方が見つかったのですね……もし、少しでもわたくしが粗相をしようものなら、すぐさまよくない噂が駆け巡るでしょう。

 ですが、フィリップ様のリードは素晴らしくわたくしもなんとか踊りきることができました。


 もちろん、わたくしたちも3曲きっちり踊りきりましたわ。

 3曲踊るという行為は婚約者同士や夫婦など周りの人達に自分達の関係をアピールする行為なのです。

 この後は他の方に誘われれば踊っても良いのですが……正直踊りたくはないです。だってお相手に怪我でもさせようものならあっという間に噂になってしまいますもの。

 幸い、エバン兄様やパトリシア様の婚約者のダヴィド様などが周囲を存分に威嚇されていますのでダヴィド様より爵位の上の方ぐらいしかダンスを誘いにこの場へは来ないでしょう。ほとんどいらっしゃらないと思いますが。

 もちろんご挨拶に来る方は大勢いらっしゃいます……わたくし、顔が筋肉痛になりそうですわ。あ、そういえばスキルのおかげで平気でしたわね……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る