第5話 アクセサリー


デボラへガーベラのブローチをプレゼントしてから……午前中は精霊石を砕き、午後は小屋にこもって金属をこねるようになりました。


 時には花を愛で形を観察したり、リーリアと小さなお茶会を開いたりします。


 基本的にお茶会は招く事が圧倒的に多いです。

 どうしても断れない場合をのぞいて、友人宅には壊れても問題ない粗末な茶器を出すようお願いするか、自身で持ち込むということが暗黙の了解となっています。

 何も知らない使用人にはわたくしが癇癪持ちで茶器をすぐに投げて割ってしまうとか思われている可能性は否定できません。ですが、実際3回に1度は割ってしまうので仕方ありませんね。

 リーリアはその辺りをよくわかってくれているので、わたくしが驚いたり興奮しそうな話題の時は前もってカップを置くよう言ってくれるので助かります。


 事情を知る友人宅ならいざ知らず、探り合いの場であるお茶会で弱点を晒すわけにはいかない為、圧倒的に招く事が多くなるというわけです。

 まぁ、お母様やお姉様はそういう立ち回りがかなり上手いのでおふたりに任せておけば、わたくしが出なければいけないお茶会はかなり少なくなりますけど。

 しかし、いまだわたくしの隠しているスキルが表沙汰になっていないところを見るとなかなか成功していると思います。評判が落ちるのはあっという間ですから……



 デボラがいつもブローチを付けているので、使用人の中でも話題になっていたそうです。

 それをたまたま耳にして嬉しかったので、他の使用人たちにも作ってあげていました。男の使用人たちも花でも良いから欲しいというので作ります……他のモチーフを模索すべきでしょうか?

 集中して作業していたら……いつのまにか小屋の部屋に来ていたお母様やエミリアお姉様に詰め寄られてしまいました。


「イレーナ、あれは何ですの?」

 「お母様……あれとは何のことでしょうか?」

 「使用人たちがつけているものですわっ」

 「そうですわ、なぜわたくしたちに教えないのです?」

 「お母様、エミリアお姉様……おふたりは王都にいたはずでは? それにここはドレスが汚れてしまいますから……」

 「ええ、そうですわ。また明日には王都へ戻ります。ドレスのことなど今はいいのです」

 「そうですわ。ですからわたくしたちの分を今すぐ作ってちょうだい」

 「作るって……ブローチのことですか」

 「そうですわっ」


 なんでもこれほどの細工ができるなら、まず私たちに作りなさい。とのことでした。

 ええ、お母様とお姉様に逆らうとロクなことにならないのは兄様達で予習してますから、大人しく従います。


 「わかりました。ですがお母様やお姉様が身につけるほど良いものではないと思うのですが……」

 「いいえ、わたくしはそうは思いません。ねぇ、エミリア」

 「ええ、お母様」



 お姉様は4年前に貴族令嬢としてはやや遅い結婚でしたが、トニー・フォーベル公爵に嫁ぎました。

お姉様曰く「いろいろ大変だったのよ……」だそうです。わたくしは学院に通うため王都にいたので、領地にいたお姉様の苦労はあまり知りません。使用人達でさえ大変だったと言うのですからかなりいろいろとあったのでしょう……


2年前には嫡男のレナルドが誕生し、お姉様は自信に満ち溢れ美しさにますます磨きがかかっているような気がいたします。

しかし、旦那様を置いてこちらへ来て問題ないのでしょ……あ、お義兄様とレナルドも来ている? エバン兄様が剣の相手をしてもらってる? あら、そうですの……


 「一応、こちらへ来たのはレナルドのスキルをイレーナに見てもらうという建前ですからよろしくね」

 「ええ、そうですのね。レナルドに会えることを楽しみにしていたんですのよ」

 「レナルドに会いたかったら早速作ってちょうだいな」

 「わかりました。色はどうしますか? シルバーホワイトとシルバーと黒っぽいシルバーの3色がありますけれど」


 金属を混ぜている分量で色と強度に違いが出ているそうで、わたくしとしてはどれも強度にあまり違いを感じないので、その人の希望する色を選ぶことが多いです。


 「そうね、シルバーホワイトでお願いするわ」

 「わたくしも同じでいいわ」

 「わかりました」


 早速シルバーホワイトのインゴットをこねていきます……手のひらの上で。


 お母様には百合の花のイメージの髪飾りを。

お姉様には薔薇の花のイメージの髪飾りにいたしました。

 おふたりは顔立ちは似ていますが雰囲気は全く違うのでそれぞれ似合いそうなモチーフにいたしました。


 「ありえない早さだわ……」

 「ええ、お母様。物凄い集中力ですね」

 「恐れながら……お嬢様はこれでも丁寧に作り込んでおられますので、簡単なものでしたらもっと時間が短縮されます」

 「「まぁ……」」


 出来上がった髪飾りをもう1度チェックし気になったところを直していきます。

これなら……いいかしら。


 「出来上がりましたわ。おふたりにはブローチよりも髪飾りの方がいいかと思い、髪飾りにしました。百合の花がお母様で、薔薇の花がお姉様ですわ」

 「まぁ、素敵だわ」

 「ええ、本当に。数日後の王都の夜会につけていきます。どのドレスと合わせようかしら」

 「あら、いいわね。わたくしもそうするわ」

 「喜んでくださって大変嬉しいですが……素人作品なのに大丈夫でしょうか?」

 「ええ、これならいい出来ですから安心しなさいな」

 「そうです。イレーナ、どんどん作りなさい! 必ず流行します。いえ、わたくし達が流行を作るのですよ!」

 「……ええ、わかりましたわ」


 とりあえず言われるがまま、百合、薔薇、蔦の模様と作ることになりました。

 蔦の模様は自分用です。いえ、あなたの分も作りなさいと言われたので……あまり派手にならないものをと思いまして。


 「そうと決まれば、ブランド名はどうしましょう」

 「ブランドの名前ですか……それは必要あるのでしょうか」

 「当たり前です! 名前がなければどうやって人々に広めるというのですかっ」

 「エミリアの言うとおりですわ。そうですわ、イレーナが名前を決めなさい」

 

 わたくしに名前はどうするか聞かれても……悩んだ末に決めた名は……


 「『エタンセルマン』……はいかがでしょうか?」

 「いいのではないかしら。ねぇ、エミリア」

 「ええ、『エタンセルマン』……きらめき……いいと思いますわっ」


 アクセサリーをつけた人が少しでも輝くお手伝いができればいいかなと思いまして安易ですが……

 何度もエタンセルマンとつぶやくうち、しっくりきました。


 「では、レナルドに会いにいきましょうか?」

 「ええ、そうね。髪飾りをウィルソンに見せなくては」

 「わたくしも、旦那様にお見せしますわ」


  庭へ行くと家族が勢ぞろいしていた。エバンお兄様とお義兄様の打ち合いも丁度終わったところのようです。

 

 「旦那様、イレーナがわたくしに作ってくれたのです。どうでしょうか?」

 「とても綺麗だ。ますますエミリアが美しくなったね」

 「まぁっ」

 

 そのそばでは


 「あら、あなた。わたくしも作ってもらいましたの。どうでしょう」

 「あ、ああ……とても似合っている。美しいな」


 なぜでしょう甘ーい雰囲気が広がっています。

 わたくしはさっさとテーブルに座り、お茶を楽しむことにします。こういう時にはそれが正解です。

ちなみにレナルドはお昼寝中だそうです。残念ですわ……


 「なぁ、イレーナ。セレスに贈りたいから作ってくれないか」

 「ギルバート兄様、ずるいぞっ。イレーナ俺にも作ってくれ!」

 「ええ、ギルバート兄様が婚約者のセレスティ様に贈るのはわかりますが、エバン兄様は誰への贈り物ですか?」

 「……ァ」

 「え? 聞こえませんわ」

 「……リーリアに贈るんだっ!」

 「まあっ!」


 いつのまに仲良くなったんですか……後でリーリアにお手紙を出して詳細を聞き出さねば……いえ、お茶会に招待して直接聞くことにしましょう。


 「わかりましたわ。おふたりとも髪飾りでよろしいですか」


 ギルバート兄様は涼しい顔で、エバン兄様は真っ赤な顔で頷いています。


 セレスティ様ならイメージはラナンキュラスですかね。

 んー、リーリアならプルメリアでしょうか。

 

 

 そうこうしているうちにレナルドが目覚めたそうなので早速鑑定したいと思います。


 「では鑑定しますね」

 「ええ、お願い」


レナルドを鑑定すると頭の中にレナルドの情報が浮かび上がってきます。



 ***


 名前:レナルド・フォーベル

 年齢:2

 スキル:社交、剣術、観察力

 職業:公爵家嫡男


 ***



 「話には聞いていたが、まさか本当に触れずに鑑定できるなんて信じがたいな」

 「あら、旦那様。信じられないのならイレーナに鑑定していただいたらよろしくってよ」

 「いや、信じよう」



 「わかりましたわ。レナルドのスキルは【社交】【剣術】【観察力】ですわ。ですがまだ2歳なので確定ではありませんが……」

 「そうか、感謝する」

 「ありがとう、イレーナ」


 お義兄様、そんな美しい顔でにっこり笑われるとちょっと怖いです……美しすぎるというのも考えものですね。


 「いえ……お役に立てたなら嬉しいですわ」

 

 そして……嵐のように来たお母様たちは揃って王都へと戻って行きました。

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