怪力令嬢だって幸せになりたい。
瑞多美音
第1話 誕生 〜side 執事〜
わたくし執事のアドルフと申します。
先日、代々一族でお仕えするロベール侯爵家でまことにめでたく、嬉しい出来事がございました。
ロベール侯爵夫人であるルシア様がお子様を出産なされたのです。
ロベール侯爵家の4人目のお子様として生を受けた女の子はイレーナ様と名付けられました。
イレーナお嬢様は旦那様からはブルネットの艶やかな髪を、奥様からはキラキラと輝く蜂蜜色の瞳を受け継がれ、生まれたばかりですが将来が楽しみになるほど可愛らしく旦那様は今から頭を悩ませておられます。ルシア様は気が早いんだからと笑っておられましたが……
本日はお子様たちがはじめてイレーナ様と対面するのです。はじめてのご対面ということでお子様たちはとてもワクワクしていらっしゃいます。もちろん、わたくしども使用人も同様です。
ルシア様はご自身と同じ蜂蜜色の瞳のお子様が生まれたことが嬉しいようで
「ウィルソン……とても可愛いわよね」
「ああ、そうだな……」
「わたくしね、今まではほんの少しだけど仲間はずれの気分だったのよ」
と、お子様達にお話されています。
その言葉にキョトンとしたお子様達ーー
長女のエミリア様は8歳で、奥様の幼い頃にそっくりだそうな、金髪に碧の瞳をしたとても美しいお方です。
旦那様はすでに頭を悩ませるどころか胃がキリキリするほどエミリア様へ持ち込まれる縁談を断っておられます。社交性もあり将来は社交界の華と呼ばれること間違いないと思われます。
「どうしてかしら?お母様。わたくしとエバンの髪の色はお母様と同じなのだから、お母様は仲間はずれなんかではないわ」
長男であり将来ロベール侯爵家を継ぐ予定のギルバート様は10歳で、ブルネットの髪に碧の瞳の優しそうな雰囲気を持つお方です。エミリア様と比べると大人しい印象を受けますが、とても利発で勉強熱心なお方です。
ギルバート様は少し拗ねたように
「そんなこと言いだしたら、僕はお母様と同じ色がないじゃないですか……僕こそ仲間はずれだよ」
「まあまあ、ギルバート。あなたはウィルソンから艶やかなブルネットの髪と美しい碧の瞳を受け継いでいるでしょう。とっても素敵よ」
「そうだぞ、お父様と一緒だぞ」
「そうだよ。みんな仲良しー」
次男のエバン様は4歳で金髪に碧の瞳を輝かせ、ワクワクした様子で今にもイレーナ様に飛びつこうとしています。
エミリア様とギルバート様と比べてもかなり自由でやんちゃなお方です。今もイレーナ様のぷくぷくとした頬をツンツンしたくてたまらないといったところでしょうか。
お祝いムードが漂う部屋では私たち使用人も遠巻きに集まり、少しでもイレーナ様が見える位置へ我先にと移動しています。本来ならばあり得ないことですが、旦那様は使用人達が同席することを許してくださったのです。それゆえイレーナ様をひと目見ようと使用人たちは水面下で熾烈な争いをしております。
わたくしですか? 執事特権で旦那様のすぐそばに控えておりますが、何か。
そんな和やかな雰囲気のなか……事件は起きてしまいました。
はじめての対面にご家族がベットを覗き込み、愛娘と触れ合おうと人差し指を差し出した旦那様。わたくしは斜め後ろからその様子を目に焼き付けます。貴重な瞬間でございます。
それは人差し指をきゅっと握られただけの父と娘の可愛らしい初めてのふれあいの一幕となるはずでした。
ボキッ!
「ぐっ……」
得体の知れない音のすぐ後、旦那様が手を押さえ脂汗をかいておられます。
急いで近寄より覗き込めば先ほどの音の正体がはっきりとわかりました。
「旦那様っ、すぐに医者を呼んでまいります」
「いや、いい。アドルフ、それよりも魔道具の手配を」
「はっ、かしこまりました」
事の真相はどうやらイレーナ様にきゅっとされた瞬間にボキッと折れてしまったようです。
……旦那様は涙目でしたが、かろうじて悲鳴をあげることを回避なされました。そして、ご自分の怪我よりイレーナ様のことを最優先される旦那様にますます尊敬の念が湧き上がります。
もちろん急ぎ魔道具の手配をするとともに医者を呼ぶことも忘れません。
幸いにして旦那様の怪我はしばらくすれば元に戻るとのことで安心いたしました。
ただ、怪我をされたのが利き手だっために書類仕事に四苦八苦されておられたことを明記しておきます。
これがお子様たちでなかったことに安堵するべきでしょうか……もし、エバン様が頬をツンツンしていたら目も当てられない状況になっていたやもしれません。
イレーナ様、生後2日の出来事でございました。
◇ ◇ ◇
魔道具を用意する間のたった数日とはいえ、安全のためご家族はイレーナ様を遠目に見ることしかできず、皆様大変残念がっておられます。
奥様や旦那様ですら中々触れ合うことができなくなっており、旦那様が魔道具を一刻も早く手に入れるよう奥様にお願いされている場面に何度も遭遇いたしました。
「ウィルソン、明日までに用意してくださらないなら、わたくし我慢できませんわ」
「ああ、私だって愛する娘と触れ合いたいんだ。明日には用意できるはずだから」
「……わかりましたわ。もし、用意できなかったら……わかってますね」
「……ああ」
奥様はたとえご自身が怪我をしてもイレーナ様のそばに居たいとおっしゃっていますが旦那様が止めている状況です。明日までに用意できなければ怪我もかまわずイレーナ様のお世話をするということでしょう。
すべてを乳母に任せる貴族も多いなか、奥様は出来る限りお子様たちと過ごすことに決めている為、今の状況が我慢ならないのでしょう。
お子様たちも奥様と旦那様の様子をご覧になり、魔道具が用意されるのを今か今かと楽しみにしておられます。
わたくしども使用人は怪我を覚悟の上でお世話をさせていただいております。怪我をするどころかイレーナ様の可愛らしさに大半の使用人が心臓を撃ち抜かれ、使用人の間ではお世話を希望する者が後を絶ちません。
今のところギルバート様の乳母を務めたデボラが中心となりお世話しています。乳は出ませんがどちらにせよ直接授乳することは危険なので、それならば度胸も信頼も経験もあるデボラが良いと奥様が決められました。
数日後には待ちに待った魔道具である『制御のアンクレット』が用意されました。
魔道具とは精霊様の力を借りて火を起こしたり水を出すことのできるとても便利な道具のことです。
通常は幼い子供が自分のスキルで怪我をしたりさせたりしないため付けることが多いものです。
他にも『健康、幸運、長寿』などの効果が付与された魔道具が人気でお守りがわりにつけることが多く、ロベール家のお子様たちも身につけておられます。もちろんそれらの魔道具は事前に用意していたのですが……流石に制御や抑制は準備不足で情けない限りです。それくらい前もって予測すべきでした。
余談ですが、王国所属の魔道具職人が作った魔道具でも効果の小さなものならばわたくし共庶民でも手に入れられる価格です。生活に必要な生活魔道具と比べると少し割高ですが、子のために購入する者も少なくありません。
『制御のアンクレット』によってようやく触れ合うことができると皆様大変お喜びになられました……残念ながらその魔道具は翌日には壊れてしまいました……
奥様に加え、妹と触れ合いたいお子様達に急かされることになった旦那様。やはり、1度触れ合いその可愛らしさを体感したことが大きいようですね。
「アドルフ、魔道具を大量に用意してくれ。多少の金は気にするな」
「はっ、かしこまりました」
私は出回っている魔道具を買い集め、旦那様は効果があるものを調べておられます。
すると『制御の魔道具』と『抑制の魔道具』が効くことがわかりました。
しかし……イレーナ様が身につけると持って数日、早ければその日に壊れてしまう為かなりの数を消費します。
当初は『抑制の魔道具』を使用していました。抑制できればすべて解決すると思っていたのです……しかし『抑制の魔道具』は抑えた分だけのちに反動があることがわかりました。危険です。そのため『制御の魔道具』を買い集める日々が始まったのです。それも、周囲の人に影響が出ない程度に買い集める(買い占めは厳禁)というものです。執事としての腕が試されます。
その後もイレーナ様が不意に投げたおもちゃが壁にめり込み取り外すのに苦労したり、物が破壊されたりと色々とございました。ええ、色々と……
幸いにもご家族や使用人たちに怪我はありませんでしたが、『制御の魔道具』も万能ではなく……旦那様の指示で部屋には鉄製の大きな盾が置かれることとなりました。どれくらい大きな盾かといえば大人1人がしゃがめばすっぽり隠れるくらいでしょうか……
万が一の時にはそれを使用して身を守りなさいということです。
かなり物騒な部屋となってしまいましたが、使用人からイレーナ様のお世話を外れたいと申し出る者はひとりもおりませんでした。それほどに侯爵家の皆様は慕われているのです。
イレーナ様のお世話をするためにまずは盾の使い方を学ばなければならないとなった時もみな喜んで盾の訓練に励みました。その後筋肉痛になるほど真剣に……
訓練の成果も発揮できるほどいくつかの盾は破壊されてしまいましたが、幸いにもかすり傷程度はあっても大きな怪我をする者はなく、イレーナ様はすくすくと成長なされ……あとひと月ほどで1歳の誕生日を迎えられます。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます