Y氏のSS置き場

山口遊子

第1話 チャンスの神様


――このところ、僕の前髪を掴むやつが多くてここらあたりが薄くなってきたんだよねー。天使君、何とかならないなー。

――チャンスの神様、前髪を掴まれないよう、この野球帽でもかぶったらどうです。

――天使君がそう言うなら、試してみようかなー。




「おーと、ここで、1塁コーチが主審のところに走って行きます。代打のようです」



― 8番ライト、シエーンに代わりまして、代打、ホブキンス背番号6 - 鶯嬢による球場アナウンス。


「古歯監督、先発から外れていたホブキンスですが、このチャンスに代打で起用するようです」


「9回裏、ワンナウト、1、3塁。点差は1点、1打出れば、逆転サヨナラの絶好のチャンスです。さあ、ここでホブキンス、この絶好のチャンスをものにできるか?」


「ピッチャー掘内、軽く3塁に牽制。嫌ってますねー」


「掘内はホブキンスとは相性悪いですからねー。ここは、歩かせたほうがいいんじゃないですか?」


「やはり、キャッチャー立ち上がりました」


1球目「…ボール」


2球目「…ボールツー」


3球目「おっと!ピッチャー外し損ねたー!」


 カッキーン!


「打球は伸びる、伸びる。これは入るかー? 入ったー。逆転サヨナラ、スリーラーン!!」


「‥‥‥ホブキンス、ゆっくり3塁を回っていまホームイン。これで、赤帽子軍団はゲーム差0.5でゼリーグ単独首位に返り咲きました」


「古歯監督の名采配が光りましたねー。古歯監督はシーズン前半、辞任したブーツ前監督から監督を引き継ぎ、よくここまで赤帽子軍団を引っ張ってきました。明日からの2位中目との直接対決の3連戦、ホブキンスもスタメンに復帰するでしょうからますます楽しみです。赤帽子軍団が2勝1分け以上の成績で3連戦を終えますと、待望のマジックが点灯します」



――天使君さあ、また前髪持ってかれちゃったよ。赤い野球帽が悪かったんじゃないかな。

――チャンスの神様、そんなことありません。ちゃんと赤い野球帽をかぶっててください。

 実は、天使は赤帽子軍団の大ファンだったのだ。



 赤帽子軍団はその年、悲願のリーグ初優勝をついに果たしたものの、その年の日本シリーズが始まるころにはチャンスの神様の前髪はすっかり薄くなってしまい掴みどころが無くなってしまった。そのせいで古歯監督率いる赤帽子軍団は初の日本一を逃してしまった。あの屈辱の0勝4敗2引き分けには訳があったのだ。



[あとがき]

 1975年、広島の夏は暑かった。

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