▮章 此花▮▮
独白
小学生に上がってすぐの頃。わたしは大怪我をして入院した。
車道に居眠り運転の車が突っ込んできて、丁度そこを歩いていた、わたしを含めた歩行者数人を
後で聞いた話では、車の勢いは凄まじく、撥ねられた人は皆亡くなったらしい。……わたしを除いて。
わたしはその時の事を今でも夢に見る。
隣を歩いていたママが、わたしを急に思いきり抱きしめてきて。
次の瞬間、体に考えられないほどの衝撃が走った。
もし車の存在にいち早く気付いたママがそうしてくれなかったら、今頃わたしも死んでいただろう。
ママはその後わたしと一緒に病院に運ばれて、数時間後に亡くなったらしい。
……わたしはあの時、ママを助けようとした。わたしには、その力があった。
けど、ママはわたしにそれを許してくれなくて。
今のわたしだったら、それでも構わずママを助けただろうけど。
まだ小さかったわたしは、ママの恐ろしいほどの剣幕に、力を使う事が出来なかった。
しばらくしてパパに聞いたのだが、この力を使うには、わたしの寿命を代償としなければいけないらしい。
人一人を助けるのに、どれだけの寿命の代償が必要になるのかは分からないが、ママが凄い剣幕になるのも納得だ。
それを聞いたわたしは、わたしの力についてもっと詳しく知るために、家にあった古い文献を漁った。
わたしの力は、どうやら神様からの借り物らしくて。その神様の力を調べてみたら、色々出来る事が分かった。
これなら、今からでもママを助ける事が出来るかもしれない。
ママにはいつか出来る大切な人のために使いなさいと言われてきたが、わたしはどうしてもママを助けたかった。
いつかなんて待てない。わたしはママのために力を使おう。
——そう思った時、わたしは思い出したんだ。ママの大切な人の話を。
ママがわたしやパパに向ける愛情は間違いなく本物だった。わたしはそれをしっかり感じていた。
けど、ママは時々どこか遠くを見て寂しそうにしていて。
今思えば、きっとそれは、ママが大切に思っていた人を偲んでいたからだと思う。
いつか言っていた、『会いに行けないくらい遠い所に行っちゃった』というのは、多分、他界したことを指していたんだろう。
そこで考えた。
ママを直接助けに行くんじゃなくて、ママの大切な人を救いに行こうって。
そうすれば、ママ自身に力を使うわけじゃないから、ママに対して力を使うなという言いつけは破ってないし。……ちょっと屁理屈っぽいけど。
……それにママの大切な人を助ければ、きっと、パパと結婚する事もなくなる。
そうしたら、わたしが生まれる事もない。……わたしをかばって死ぬこともない。
色々計画したわたしは、いつでもそれを実行できる段階にいた。
でもやっぱり、勝手にやるのも違う気がして。
今まで私がお世話になった人には、ちゃんと伝えるべきだと思った。
ちなみにこれは伝えるだけで、意見を求めに行くわけじゃない。どんな事を言われようと、わたしはこの計画を実行する。
最初に伝えに行ったパパは、複雑な表情をしていた。
しかし、多分パパも、ママが時折見せていたあの寂しそうな顔を覚えていたのだろう。色々言いたそうにしながらも、最後には泣きながら頷いてくれた。
——ありがとう、パパ。大好きだよ。
あと伝えたい人がもう一人。ママが死んでから、ずっとわたしを娘のように見守ってくれてた人。
ママの呼び方を真似してたら、いつの間にかわたしもその人の事をママと同じように呼ぶようになって、二人はよくそれを笑ってたっけ。
その人はママの代わりになろうと凄く責任を感じているようで、わたしに対する態度はなかなか厳しかったりして。
だからわたしは、その人の事が嫌いではないんだけど少し苦手。でもお世話になった事には変わりないから、しっかり伝えに行った。
なんとなく分かってはいたけど、猛反対された。泣きながら、行かないでほしいと言われた。
それでも、わたしの決心は揺るぎはしなかった。
——わたしはもう決めたから。……ごめんね、萌姉。
ママ。
わたし、今から行くからね。
ママの大切な人を助けに行くから。
多分ママは、こんなの望んでないんだろうけど。
このまま後悔しながら生き続けるのも、嫌なの。
だから、許してね。
◇ ◆ ◇ ◆
——いつか、わたしはママの大切な人を教えてもらった。
ある日、わたしはママに力の使い方を教えてもらった。
ある時、わたしはママに愛を教えてもらった。
……『あの日』、ママが死んだのだと教えられた。
そして『その日』、わたしは決意した。
ママのために、ママの大切な人を救おうと——。
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