愛の天秤

藤井太雅

天秤

 私の愛と、彼の愛を天秤にかけると、たぶん、私の愛の方が重い。

 彼の私に対する愛情なんて麩菓子みたいに軽くて、鉛のように重い私の愛を相手にすれば、たぶん一秒も経たないうちに空中へ投げ出されてしまうのだろう。情けない。っていうか、虚しい。

 だけど、私だって、重い恋人という存在の善悪を問われれば、絶対後者だということくらいはわかる。ダメ、というか、要するに男は面倒くさいことが大嫌いなのだ。自分の愛したいときに愛を求め、自分が冷めている時には冷めている都合のいい存在を求めている。

 だから私は、ときどき素っ気ないふりをしたり、彼の他にも自分を求める男はいるのだということを匂わせてみたり、彼と同じか、それ以上にメッセージの返信の間隔をあけてみたりと、とにかく彼の手の内に完全にぬくぬくと安心しているような安い人間ではないということをそれとなくアピールしてみるのだが、幸か不幸か彼はすっかり「それ」を本物の私と認識しているようで、本物の私が仮面の下で今にも暴れ回りそうになるのを、ときどき偽物の私がなんとか押さえつけなければならないというような、無様な一人相撲をとるハメになって、いったい私はなにをしてるんだろうかとふとした瞬間に自分に繋がっている全ての導線を引きちぎってしまいたい衝動に駆られる。

 彼との恋愛がうまくいっている時は、重いことを剥き出しにして彼氏のストーカーをしたり、小さなことで浮気を疑ったり、「仕事と私、どっちが大事なの?」なんてのさばる女たちをなんて醜いんだと嘲笑っているのに、彼とのことでちょっとこじれてみると、私も彼女たちとなんら変わらないか、もっと醜いか、というような状態に陥っていて、自分のため息で窒息死してしまいそうになる。

「ユウキ」

 彼が私の名前を呼ぶ。窒息してしまいそうだった私の呼吸が、ふっ、と落ち着きを取り戻して、私は隣で眠っていた彼の胸の中にそっと入り込む。彼の腕がぎゅっと、愛おしそうに私を抱きしめて、「好きだよ」とそっと囁く声が耳に降ってくる。

 ああ、もうどうだっていい。私の愛の方がきっと重いだなんて、そんなことはもうどうだっていいんだ。

 部屋に着いたときは、たしかにまだ昼だった。網戸を食い破るようにして部屋に響くうるさい蝉の声が、チリンと涼しげな風鈴の音を無惨に掻き消していたはずだ。部屋はもう真っ暗で、カーテンが闇の中で、涼しい夜風にそよいでいる。

「ねえ、なんか作ろうか」

 気が向いたから、彼にそう聞いてみた。

「え、マジで? じゃあ肉じゃががいい」

 年上のくせに少年みたいなことを言う彼に、思わずふふっと笑ってしまう。

 彼の優しい体温の中で、いいなあ、と羨んでいる。

 好きだ、とたった三文字言うだけで料理を作ってくれる恋人なんて、きっと私には一生できない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る