7.ハナモモ
極寒たる帝国メガロポリスにも、春がやって来た。
首都サクリーナ城の東西南北、四位の庭で一番綺麗な南の庭。
その眺めがピンク色に染まり出した事が、其の証拠。
「あらたしき としのはじめの はつはるの けふふるゆきの いやしけよごと」
そのサクリーナ城南側のバルコニーには、テーブルセットとミニ三脚に乗ったカメラが置いてある。
これは365日稼働しており、帝国メガロポリス第五代政府サクリーナ城管理課のホームページで視聴およびコメント可能だ。
「あらたしき としのはじめの はつはるの けふふるゆきの いやしけよごと」
尚、カメラが向いている方向は最後にバルコニーにやって来た人次第なので、大体城の中や壁、南の庭が映っている。
ところで、
《陛下ってもしかして音痴》《こら!!》《陛下カメラ外なう》《ろるれとが午後0時10分ぐらいをお知らせします》《無》《陛下きづいてー!!》
時は昼休みが始まった平日の午後12時11分。
毎日12時から13時まで生放送中、我等が陛下のお喋りコーナーはとっくにオンエア状態だ。今日も今日とて、食事以外にする事の無い帝国民労働層からのリアルタイムコメントが降り積もる管理課ホームページだが、髪も肌も真っ白な人は残念ながら氣付いていない様だ。
カメラには、バルコニーのデッキ部分と庭の緑っぽい部分しか映っていない!
「我の好みが桜よりも花桃にある事は知っていても和歌は知らないだろう諸君、待たせたな。」
《あ、氣付いた?》
「知っての通り、花の名所と名高いこの南の庭も、花桃がとうとう満開となった。」
カメラが動く。
《警告:3D酔い》《陛下が黒い服着てる!》
カメラには話題の花木と、黒っぽい着物でいつもより眼に優しい陛下が映った。
「ん? …あぁ、これはソクタイという着物の一種だ。偶には袖を通さぬと湿気るのでな。」
《格好いい》《白い方が好き》《陛下が眩しくない》《こら!!》《なんか違和感》《似合ってますよ!》
「んーいまいち? そうだ、コレは確かアンケートが取れるのであったな…後で管理課に訊いてみよう。」
その樹はハナモモ。
雛祭に用いる桃でもあるが、花を楽しむために品種改良を重ねられた為、食べられる実は付けない。花のバリエーションが豊かである。
色はよくある桃色から白、赤や紫に近い色まで。最近では桃と白のまだら模様まで存在する。
花弁の数や形も実に様々で、五枚の一重から無数の八重、丸いものから尖ったものまであった。
ちなみに、サクリーナ城・南の庭に咲くハナモモは‘矢口’あるいは‘ひなの粧(よそおい)’。サクラよりは少し赤い薄紅色の、皺の無い丸い花弁が沢山重なる…前者は八重咲き、後者は一重咲きである。
《陛下ようやくカメライン》
「え。…まさか、映ってなかった?」
《陛下まってた》《今日も機嫌良さそうでよかった!》
そうそう。
「うそおぉおおぉ…」
この男性こそ、帝国メガロポリスに君臨した第五代皇帝ガルバディアである。
「今日は和歌を詠もうと思ったついでに練習風景から動画を始めようとカメラの位置からアングルまで調整して出待ちしていたというのに…」
《出待ちwww》《.';・ゞ(≧ε≦ )ブッ》《へいかかわいい!》
《(o_ _)ノ彡☆ バンバン》《陛下が遂に俺達の言葉を覚えた!ばんざーい!!》《(●`3´)・:∴・:∴・:∴・:∴ブブブッ》《でまち》《ビビデバビデ(*゚ω゚):;*.':;ブッ!》《寧ろ入り待ちでは》《キタナイッテ!!o(*´・Д・)o┫;:゙;`;:゙;`ヽ(゚∀゚ゞ)ブッ》《ようこそ帝国謹製サブカルランドへ》《一名御招待!》《(´゚ω゚):;*.:;ブッたまげ》《出待ちする陛下たしかに可愛い》《(☆´ω`):;*.':;ブ》
「やかましい!! いや、囂しくは無いが画面がコメントで見切れたではないか! あぁあこれ何処から…」
今はコメント欄を見返してガチ凹み中なので威厳もヘッタクレも無い、ネタキャラでしかない有様だが、帝国から喪われつつあった文学を取り戻す切欠になったり、不機嫌にすると“死亡フラグ”ではなく“確殺フラグ”を建てる危険人物として、何かと緩い帝国民を引き締める一因になった重要人物である。
「それと、今のが“出待ち”なのか“入り待ち”なのかは…我が視聴者諸君を待つのだから…入り待ちか。失礼した。」
そんな皇帝も、交代していつのまにか今年で12年。今ではすっかり――文房具(消耗品だが貴重)が無いとか言ってブチギレる事は有るが――労働者の昼休みとトヴィッター界に癒しをもたらす存在となっていた。
「あと10分か…そうだ、視聴者の中にデザイナーさんと彫金屋さんは居るだろうか? 名前は…」
《もしかして:取っ手の付いた金属の判子》
「そうそれだ。先々週の動画で話題にしたインジが、本日届いたのだ。」
《おお!》《陛下おめでとうございます》《デザイナー:エチル*ネチル さん 彫金屋:こると さん》《どんなんか見たい》《よかったー》
陛下は束帯の袖から――そう、着物は袖や合わせ目がポケットになる!という事に帝国民が衝撃を受けたのは言うまでもない――例の物を取り出した。
印璽とは、署名欄にサインの代わりとして捺したり、蝋と一緒に使って、シールの代わりに手紙を閉じる判子みたいなものである。
紙に関する文化が消滅寸前だった帝国に現物は既に無く、専ら“陛下が無くした文房具”の一つとして知られている。こうした喪われし文房具は、書籍電子化による株価大暴落で瀕死だった文房具業界を“再現開発”の名の下に立ち上がらせ、現在は万年筆(吸入式)・壺入りインク・シーリングワックス・和紙(期間限定かつ種類はごく一部で、陛下のお氣に入りはまだ出来ていない)が販売されている。
「…えーコメントを見る限り彼等は不在なので、本日の視聴者諸君は、彼等に本動画を見るよう拡散を頼む。」
《合点承知!》《ガッテン!ガッテン》《了解です》《はーい!》
先々週の動画では、陛下が無くした印璽についてぼやいた処、視聴者の中にが文房具の再現開発に携わっていて、ソレを作っているかもしれない話をした処で終わった。その印璽の図案もまた、ハナモモだったのだ。
「それで、実際に捺してみたのがコレなのだが…」
陛下はカメラを動かして、印璽と、ソレを捺してみた紙を映した。
印璽は木製の取っ手に、金属の判子部分がくっついている物だった。そのどことなく古めかしい感じは間違いなく
だが、真に賞賛すべきは判子部分だった。デザイナー曰く、
《花弁が花から落ちてる様に見せたくて超頑張った》
との事だが、其のデザインも、それをそのまま彫金した者の腕が垣間見えたのだ。
上部少々左に垣間見える枝から、花開いた
そこから花弁が4枚、それぞれに、ひらりひらりと風に煽られめくれ上がりながら花から落ちていっている…――
「我が無くしたあの印璽そのものではないかと思った…」
陛下はカメラを動かして物を置いたっきり、そのだらりと長い袖ですっかり顔を隠されてしまったが、ツッコミを入れる人は誰も居ない。
印璽のデザインの凄い事は確かだがそろそろ13時、夢の様な昼休みが終わり、もう現実に帰らなければいけない時だから。
「よくぞ此処まで再現した…本当に、ありがとう。」
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バラには枝変わりという、1株の中で違う色の花を付ける事が有るのは知ってましたが…ハナモモもバラ科。この前、薄ピンク・白・濃ピンクが綺麗に咲いている立派な株を見つけて驚きました。
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参考ホームページ
・https://ameblo.jp/mademoiselle-ai/entry-12451175162.html
陛下が一生懸命練習している和歌は、皆さん御存知、新元号の元ネタです。
和歌の唄い方は、上記ブログを書いている人が動画を出されています。
現代歌しか聞いた事のない帝国民や作者には残念ながら違和感バリバリです…
・陛下が筆まめな話(自作小説)
https://estar.jp/_novel_view?w=25378904
これはお題に沿…おうとして書いた作品で、本作で形になった印璽(インジ)が話題になっています。
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CAST
・第五代皇帝ガルバディア
・陛下のお喋りコーナー視聴者の皆様
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