8話 元魔王、せいけんを配下に加える


午後の日差しの中、ローザとパリカーは、元魔王ラバスの帰りを待っていた。

二人は、神殿外の適当な大きさの岩に腰かけている。


「まおうさま、遅いですね」

「試練の間っていう位だから、何か試練に挑戦してるのかも?」


やがて、神殿奥から、誰かがこちらに近付いて来る音が響いてきた。


「まおうさま?」

「でも、何か歩調に乱れが感じられるね。まさか、怪我してる?」


訝る二人が見守る中、神殿の奥から、満身創痍のアリス=フアン=パブロ=アルフォンソ=デ=トドス=ロス=サントス=デ=ボルボン=イ=グレシアが、姿を現した。


「あれ? アリス=フアン=パブロ=アルフォンソ=デ=トドス=ロス=サントス=デ=ボルボン=イ=グレシアさん?」


神殿には、究極の防衛システムが存在して、資格のある勇者以外が侵入すれば、瞬殺されるはず。

しかし、アリス=フアン=パブロ=アルフォンソ=デ=トドス=ロス=サントス=デ=ボルボン=イ=グレシアは、満身創痍で足を引きずってはいるものの、命に別条は無さそうに見えた。


アリス=フアン=パブロ=アルフォンソ=デ=トドス=ロス=サントス=デ=ボルボン=イ=グレシアの方も、ローザとパリカーに気が付いた。


「お前達は、確か……ニセ勇者のハーレム要員」

「失礼ね、ハーレム要員って」


パリカーが、若干憤慨したように言葉を返した。


「せめて大奥と言って。で、私が正妻。この子がお妾さん」

「パリカーさん、大奥もハーレムも同じ意味ですよ。それに、パリカーさんは正妻じゃないし、私もお妾さんじゃ無いです」


ピントのずれた返答をする二人に、冷めた視線を向けた後、アリス=フアン=パブロ=アルフォンソ=デ=トドス=ロス=サントス=デ=ボルボン=イ=グレシアは、足を引きずりながら、そのままどこかへ行ってしまった。


「まおうさまより先に神殿に入ってたって事でしょうか?」

「究極の防衛システムは、どうしたのよ……」


さらに待つ事10分程で、再び、神殿の奥から近付いて来る足音が響いてきた。


「今度こそ、まおうさまでしょうか?」

「でも、足音、二人分聞こえるわね……」


やがて、元魔王ラバスが、神殿の奥から姿を現した。

二人は、腰を上げ、元魔王ラバスに駆け寄ろうとして……


「きゃーーーーー!!?」


ローザの絶叫が響き渡った。


「まおうさま、そ、そ、その方は?」


ローザの視線の先には、元魔王ラバスの背後で、しょんぼりしているニムエの姿があった。

彼女は、当然まだ全裸であった。

しかも、隠すべき場所を隠そうともしていない。

元魔王ラバスは、ニムエの方をちらりと見てから、面倒くさそうに答えた。


「ん? こやつか。こやつは凄い剣じゃ」


ローザは、混乱した。


元々、少し残念なお方だったけれど、とうとう、裸の女性を聖剣と言い張るプレイまで始めてしまったのかしら?


ローザは、ニムエにおずおずと声を掛けた。


「あの……何があったんですか?」

「このまおうさまに……」

「まおうさまに?」

「まおうさまに、私の全てを奪われてしまったの……もう、昔の私には、戻れないわ!」


ニムエは、両手で顔を覆うと、その場に泣き崩れてしまった。

元魔王ラバスは、そんな彼女に面倒くさそうな視線を向けるばかり。

ローザの顔が引きつった。


「まおうさま……」

「いかがいたした、髑髏のローザよ」

「いったい どういう ことでしょうか?」


元魔王ラバスは、ローザの顔を見て、ギクリとした。


目が怖なっとる。

しかもセリフ棒読み。

あの時と同じや……


元魔王ラバスは、努めて冷静に答えた。


「先程も申した通り、こやつは凄い剣じゃ」

「それは いいですから どうして なにも きてらっしゃらないのですか?」

「元が剣であるからして、何も着ておらぬのではないのか?」

「まおうさまに すべてを うばわれた と」

「奪ったというか、不遜な態度を取りおったので、禁呪をぶつけたら、勝手に凄い剣の力使い果たして、相殺したとか何とかで、この姿じゃ」

「むかしの わたしには もどれない っておっしゃってますよ?」

「よく分らんが、凄い剣の姿には戻れないと申しておる」

「まおうさま! ちゃんと責任を取ってあげて下さい!」


いや、だから責任って、何の?


ローザの余りの剣幕に、元魔王ラバスは、思わずたじろいだ。


悪魔大神官ローザ、激怒りやけど、なんでや?

ちゃんと説明したやん。

他にどないせえっちゅうねん。


元魔王ラバスは、再びちらりとニムエの様子を伺った。

すると、手で顔を覆ったまま、指の隙間からこちらの様子を伺う彼女と目が合った。

元魔王ラバスは、彼女に近寄り静かに告げた。


「おい」

「……」

「お前からも説明しろ」

「……さっきしたわ」

「詳細、かつ丁寧に、だ。さもなくば、ここに放置する」




「では、あなた様は、本当に聖剣の化身でいらっしゃるのですね?」


ニムエから、試練の間で起こった事の詳細を聞き、ようやく落ち着きを取り戻したローザが語り掛けた。


「そうなのよ。それで、最後の試練に死合いしよ♪って言ったら、この有様よ。いやになっちゃう」


ローザに貸してもらったローブを肩から羽織ったニムエは、嘆息した。


「あの……本当に、聖剣のお姿には戻れないのですか?」

「戻れないわ。聖剣の力って、特殊なの。一回使い果たしたら、再充填する方法は、無いわ」

「もしかして、まおうさまは、聖剣無しで大魔王エンリルに挑まれる、という事になるのでしょうか?」

「それは大丈夫! 私がついていくから」

「大丈夫……なんですか?」

「大丈夫でしょ。私、元聖剣なのよ?」


どう大丈夫なのかは、さっぱり不明であったが、ニムエは、自信満々で言い切った。

とにかく、ここに留まる理由は無くなった。

一向は、イテオロの街に戻る事にした。



イテオロの魔王城離宮宿屋で、食卓を皆で囲みながら、元魔王ラバスは悩んでいた。

ニムエの扱いについてである。


一応、連れてきてしもたけど、こいつ、能力低過ぎやろ。

レベル1固定、HP1、MP1。

下手したら、転んでも死ぬんちゃうやろか?

こんなん、配下におったら恥ずかしいだけや……


当のニムエは、よほど腹が減っていたのか、その美貌に似つかわしくない勢いで、出された料理を貪り食っていた。

ローザが、声を掛けた。


「ニムエさん、慌てなくても、料理はまだまだありますから」


勇者元魔王ラバスは、滅亡寸前のこの世界の人類にとって、最後の希望。

当然、仲間も含めて、衣食住全てが無料で提供されていた。

料理は、空になる端から、次々と補充されていく。


「ほんはほほひっへほ、はははへっへ…….」

「ええい、食べるか喋るか、どっちかにせんか!」


その時、一匹のハエが、ニムエの料理に近付いて来た。

それに気付いたニムエの目が光った。


―――ゴッ!


刹那、空気が震えた。

先程までハエがいた空間を挟んで、ニムエの真向かいにあった魔王城離宮宿屋の壁が消し飛んだ!


「えっ?」


ローザの目が点になった。


「今のはっ!?」


パリカーが、思わず腰を浮かした。


二人には見えなかったようであったが、元魔王ラバスだけは、全てを見ていた。


な、なんや、こいつ!?

人差し指の風圧だけで、ハエもろとも、壁破壊しやがった!


ニムエは、自身の料理に着地を試みたハエに対し、魔族であるパリカーの動体視力をも上回るスピードで、人差し指を突き出していた。

その間、コンマの下にゼロが2兆5千億個並んで、ようやく1がやってくる位の凄まじさ。


さすがは、元凄い剣というべきか……


「ゴホン」


元魔王ラバスは、咳ばらいをした後、ニムエに向き直った。


「ニムエよ、そなたを今日より我が魔王軍四天王の一人に任ずる。今よりそなたは、凄剣せいけんのニムエと名乗るがよい」


その言葉を聞いたニムエは、食べるのを一時中断し、口いっぱいに頬張ったまま、元魔王ラバスの顔を見た。

彼女の顔が、みるみる明るくなった。


へひへんほひふへっへ聖剣のニムエって……はひはほうありがとうほほははひその代わりひゃんほちゃんとはほっへへ守ってね


嬉しさのあまり、ニムエは、右手のフォークを取り落としてしまった。

それは、真っ直ぐ落下して、偶然そこにあった彼女の足の甲に突き刺さった。



*ニムエは死亡しました*



元魔王ラバスは、一瞬の躊躇のあと、仕方なくスキルを発動した。


【リセット】



なんと、ニムエは生きていた。


「あれ? 今、私??」


元魔王ラバスは、嘆息した。


おいおい、普通、フォーク刺さった位で死ぬか?

こいつ、攻撃力ピカ一、防御力濡れティッシュってやつやな……

四天王にしたんは、早まったか?


元魔王の悩みもどこ吹く風、ニムエは、ひたすら料理を貪り食うのであった。





因みに、破壊された宿屋の壁は、まおうさまの魔力で元通り♪


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