イヌコとポンタ(本体)

口だけお化け

「それじゃあ、数日後にまたここで」

 私は部長とリスくんにそう言って、簡素な布袋を肩にかける。その中にはカバン代わりの分厚い本が一冊だけ入っている。

 これは魔法で作った数々の失敗作の中で、一番の良作だ。

 どんな物でも入れられて、頁ごとに冷凍や乾燥などの条件を付与できるのだから。


「皆さん、くれぐれもお気をつけて」

 部長が言った。その横にはポンタの分身が立っている。

 それは本体よりも少し木っぽさが残る姿をしていて、風に揺れる髪から赤い花が咲いている。指の先などはすっかり枝だ。

 それはリスくんと一緒にいるポンタの分身も同じだった。

「連絡は分身を通して出来るんすよね?」

 リスくんが聞くと、ポンタ本体が頷く。

「見た目以外は僕その物だと思ってくれればいいよ。だから情報の共有ができる。安心して」

 楽しそうなのはポンタだけで、私たち三人は不安を抱いていた。この惑星に来て三日目。初めて離れるのだから。

 ふと目を落した地下迷宮の入り口からは石の蓋が取り払われ、中からトンカン、トンカンとペンギンたちの働く音が聞こえている。その音に、私たちも働かなくてはと思い直した。

 だから私たちは「それでは」と言ってそれぞれ歩き出す。


「僕たちはどこに向かおうか? 行きたい場所とかある?」

 雑誌の表紙でも飾れそうな極上スマイルで、ポンタが聞く。

「リスくんと部長が言ってた、あの口だけお化けを見に行きたいんだ。危ない相手なら対策を考えなきゃいけないし」

 私が言うとポンタはうぅん、と首を捻る。

「そんなに危なそうな生き物は近くに感じられないんだけどなぁ。何にあんなに怯えてたんだろう」

「私もそれが気になるのよ」

 ポンタの案内で、口だけお化けらしい魔獣を探しに出る。


 ポンタの能力のほとんどは今、この広い新惑星を調査するために使われている。精霊王になり本体が世界樹から人の姿のこちらに移行したので、かつてよりは早く調査が進んでいるとは言っていたけれど、それでもこの惑星は広い。

 なので、本体と言えどもポンタは省エネ運転中なのだ。知れる事と言えば、その生物の大きさ、数、移動速度などの現在の情報。

「それっぽいのがいるよ。大きなのが二体、ゆっくり動いてる。川に向かってるのかな」

「行ってみよう」


 草地にねっとりとした液体が絡みついている。それは二本、道のように真っ直ぐ続いている。その先から話し声が聞こえ、私とポンタは茂みに隠れた。

 そこから見えたのは、まさしく熊のような貝だった。

 一体は巨大な巻貝。もう一体は巨大な二枚貝だ。


「ほら、頑張りなさい。もう少しで川よ」

「でもぉ、川って砂がないじゃないのよ。私は砂浜で優雅な暮らしがしたいのに」

「仕方がないでしょ。文句ばっかり言ってると干乾びるわよ」


 息を切らしながら二体の貝はそんな会話をしている。

 どうもリスくんの言う、口だけお化けとイメージが繋がらない。けれど干乾びてしまっては可哀想なので、私たちは茂みから出る事にした。

「大丈夫ですか?」

 私が声を掛けると二体が動きを止め、ゆっくりと振り返る。


 貝から出るナメクジやナマコに似た体。その顔と思われる部分が私たちの方を向く。

 そこにあったのは唇だ。プルンとして瑞々しい、赤い唇。

 それだけだった。それだけが、顔と思われる部分の全てだ。

「あらぁ、いい所に来たじゃない」

 食べられる。本能が必死にそう訴えている。

 なので、私は本能に従って全力で悲鳴をあげた。

「ちょっと待ちなさいよ! 何もしやしないから」

「そうよ。昨日も変な狸に怯えられるし、何だってのよ。食べるなら人参に決まってるじゃない!」

 二体の貝がそう言うので、私は何とか逃げずに踏み留まる事ができた。


 ようやく私が話を聞ける状態になってから、本の中から水のソーダ玉を取り出す。

「あら、それなぁに?」

「キレイねぇ。貝に飾りたいわぁ」

「これは魔力を固めた玉です」

 私はそう言いながらこの惑星や私たちの状況について、大まかに説明をした。そうしながら魔法で水を出す。

 どうやらソーダ玉があれば、水なら水を、土なら土を、火なら火を出すことができるらしいとリスくんから聞いたのだ。

 その言葉の通り、何の変哲もない空中から水が現れて流れ出した。水道の蛇口をひねったような出方しかしない辺り、自分の想像力の情けなさを実感する。

 それでも、二体は喜んでくれた。


「助かったわぁ。これで干乾びずに済むじゃない」

「そうねぇ、有り難いわぁ。ついでに頼み事もしちゃおうかしら」

 二枚貝の方がそう言った。すると巻貝も唇をブルンブルンさせて同意する。

「いいわねぇ。私たちより早く動けそうだし。干乾びる事もないみたいだし」

「あの……! 二人も魔法が使えるので干乾びないと思いますよ」

 私は頼みごとを回避しようと、そんな風に言った。

 二体の貝は私の言葉に喜んで「待っている間に練習するわ」と言っている。

「それでね、私たち砂浜に住むリップサービスって種族なのよ。だから私たちの暮らせる美しい砂浜を見つけて欲しいの」

 勝手に話し始めた二体の言葉を聞いて、ポンタが言う。

「それなら、ここからそう遠くない場所にあるよ」

「陽の沈む方角にある砂浜の事ね? あそこはダメよ」

「そうよぉ。あの砂浜、人を選ぶのよ。私たち追い出されちゃったんだから」

 二体の貝は、悲しそうにそう言った。


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