宇宙災害時に役立つ、部長と新惑星生き抜きマニュアル

小林秀観

プロローグ

* * *

 今日も今日とて食品会社の事務は忙しい。

 どこの会社でも事務職の苦労は同じだろうけれど、私も落ちないものを経費で落とせと言われたり、給料を二つに分けて別の口座に振り込んで欲しいと言われたりでバタバタしている。

 そこへ熱血な体育会系の新人、栗鼠之りすのクルミくんの教育まで任された。

 唯一の救いはうちの半田カイ部長だ。

 とてもフカフカなゆるキャラのような見た目に反して仕事の出来る五十代で、どんな無理難題も圧力も、部長に言えば跳ね返してくれる。もしくは解決してくれる。

 今も、うちのメインである冷凍食品の研究のためという名目で提出された『スナック、ビビ』という領収書を、本人に突き返してくれたところだ。

 本当にパン……いや、半田部長は私の癒しと救世主を兼ね備えた素敵な存在だ。


 半田部長が自販機の前のベンチで休憩をしてから戻ろうと言うので、部長の分の缶コーヒーを買って差し出しながら言う。

「半田部長、ありがとうございます」

「いえいえ。すんなりと引き下がってくれて良かったですね」

 上層部へ相談を、と言われては引き下がるしかないだろうと私は思う。しかし部長の凄い所は、相手を怒らせずにそれを成し遂げる事だ。

 私や他の人が同じように言ったとしても、こうはならない。


 そこへ私が教育係を任されている、新人のリスくんがやって来た。

「お疲れさまです! 柴イヌコ先輩! 半田カイ部長!」

 ほんわかと「お疲れ」と返事をする部長の横で、私は深く溜め息を吐いた。

「フルネームで呼ばないでってお願いしたじゃない。繋げて呼ばれると私、ただの柴犬なんだから」

「すみません。忘れていました!」

 リスくんに悪気はない。どうも大学時代に所属していた陸上部では、フルネームで呼び合うように言われていたらしい。

 それよりも腹立たしいのは母だ。そして母の暴走を止められなかった父だ。

 私は物心がついて早々に、両親にどうしてこんな名前を付けたのかと詰め寄った。その時の回答が「柴犬のように強く愛らしく」だった。

 完全に後から考えた理由である。

 しかし恨み切れないのは、子供時代の私が『ワンちゃん』と呼ばれて親しまれたからだ。

 名前が変だという苛立ちの他には、たいして困った事など無かったのだ。


 リスくんが私を呼ぶ。

「どうしたの?」

「冷凍ケーキのサンプルが欲しいんですけど、冷凍室内のどこを探していいのか分からなくて。すみませんが教えてもらえませんか?」

「いいよ。それじゃあ今から行こうか」

 私がそう返事をすると、パ……半田部長が自分も一緒に行くと言う。

「せっかくですから、うちの主力商品のお勉強でもしましょう」

 そう言う半田部長に付いて、私たちは冷凍室へ向かう。


「長くなりますから、そこの上着を着て下さいね」

 半田部長が私たちに言う。その声に重なって誰かの声が聞こえた気がする。

 何と言っているのかは分からないけれど。

『すま……シェルターへ……』

 連続して頭の中に声が響く。聞き取れたのはシェルターという言葉だけだ。

「シェルターなんかないよ」

 私は思わずそう声に出す。すると二人にも同じ声が聞こえているらしく、私たちは三人で顔を見合わせた。

「これは何でしょうか? 放送ではなさそうですし」

 私が声の出どころを探ろうと辺りを見回した時、窓の外が痛いほどの光で満たされた。

 爆発のような赤い光ではなく黄色や桃色、青に紫といった色とりどりの光だ。

 その光に明らかな異常を感じた。

「急いで冷凍室に入りましょう!」

 私は二人にそう言って中に入り、堅く鍵を閉める。

 すぐ後に大きな音と振動があり、それから天地が分からなくなった。

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