静寂の国の物語

 深々と降り積もる雪は

 すべて覆い隠す白い彩


 水を含んで重く、人の熱を奪い

 足跡が点々とつづく

 白銀の丘の頂上まで


 踏みしめた跡に落る、蒼白い影

 誘われる、妖精の夜の国へ

 闇の深き穴から伸びてきた、白い手


 握り締めた、か細い心の糸を

 現世に繋ぎとめる、青の十字架を


 ふりかれば、雪に覆われた丘の麓の街は

 緩やかに時の停滞した世界


 毛皮に囲まれた白皙から

 天へ昇る睫毛を飾るは

 凍てつく穹の水晶


 手のひらは紅く傷み

 吐く息が煙のように

 冷涼たる風の中に広がりゆく


 荒廃した遺跡を前に

 両膝を突き、娘はいのった


 ここで死んだ女君のため

 幼き姫皇ひめみこのために


 禱る娘は白麗の宮城の宮官


 今は月狼の末裔たる猛き黒衣の王に仕える身







 遙か北の果て


 暗黒の海原より来たる


 岬に伸びる、白い繊手


 冥界の女王の彩をした濡れた髪が

 貼りつき、したたる血の如き綾を為す


 暗黒の海底から浜辺へ這いずって

 地上に降り立ち、人間ども支配していた




 白雪に大地は染まり

 針葉樹林の栄ゆる、深緑の国土 


 静寂の国を


 櫂を漕ぐ屈強な肉体

 美しい刺青入れた

 浅黒い肌の海辺の人々を 

 踏み躙り  

 一本の糸を

 玉座から垂らした彼女は

 彼女の君臨する世界を築いた




 刺青の民に服従を強いて

 草原へと魔手を伸ばす

 彼女の欲望は止まらない


 荒涼たる海辺から

 海原に漕ぎ出す、黄金の船

 夜明けの宝玉に

 彩られた玉座から見下ろす

 世界


 寂寞とした海原の潮風に吹かれて、絡むその髪は、灰色掛かった透明な蒼


 天から伸ばされた腕 

 光の杖持つ白い繊手


 分厚い氷が永久とわに閉ざした

 北の果てからやって来た

 美しい女


 銀の鱗は燦然として

 蒼き髪は北光の如く


 氷結の海原を育む、赤き血潮の太母

 暗黒の冥府を統べる、海底の黒き神


 太母と冥界神の子

 海の娘なる麗しの姫皇ひめみこ

 邪なる女神は覇を称えた


 いずれ、彼女の国はこう呼ばれるだろう

 創世の静寂の国、神世の大国と






 時は流れ


 人が支配する世





 青き髪の女神の末裔は『とおノ国』の為政者だった


 代々『遙ノ国』の君主は青の娘と呼ばれ、

 女君が治めていた


 十の世の君主は九つに満たぬ、幼王


 鮮血と死の静寂を好み

 独り静かな世界に在ることを好んだ


 黄金の眩い宮殿は静寂に沈み、

 白麗の城壁に人首が並んだ


 幼主、小さき草花の苑にて沈思せん


 小さな人影だけの黄金きんの鳥籠に

 影が淋しげに落ちて


 霜は大地を凍らせ、寂寥の地に

 緑は育たぬ

 聖なる書物を開き

 口から紡ぎ出した

 祝詞が何の役に立っただろう 


 荒野に捨て置かれた一本の鍬 


 鉄錆びた剣、燻る火種が全てを覆い尽くした





 火焔の中で、

 幼き女君は何を思うか




 愛しい方の悔恨の眼差しが突き刺さる 


 石造りの塔から蒼空に


 手を伸ばした

 虚空の瞳の少女と

 甘やかな未来を夢見て

 寂しい古塔を

 そこで望洋たる視線を投げかける

 青の娘を見上げた


 吹きすさぶ吹雪が二人の視界を遠ざける


 猛き黒衣の勇士、少女の首を抱いて 

 獣の如き雄叫び 蒼空に響く


 嘆きは祝福に掻き消され

 新たな国が築かれた

 

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