第25話 知らないということは、ひどく時々残酷だ。

「サエナ?」

「ねえ。まだあなた、私を描きたい?」


 糸を引かれるように、ワタシはうなづいた。

 描きたいどころではない。描いているのだ。彼女の許しがあろうがなかろうが、ワタシは描いているのだ。描かずにはいられないのだ。

 紅茶を一口含むと、じっとこちらを見据える彼女の視線に耐える。

 強い視線だ。どこかもろい所は確かにあるのに、時々、やはり勝てない部分があるのだ。


「どうして?」


 問いかける言葉。ワタシはそれに逆らえずに、口が動く自分に気付く。


「あんたが綺麗だから」

「私は綺麗じゃないわよ。外見は自分では判らないわ。あなたの目にどう映ってるかなんて私には判らない。けど私は、あなたが思ってるように、綺麗じゃないわ。少なくとも中身は」

「綺麗だよ」

「綺麗じゃないわ。だってそう、今そうやって、納得したような口ききながら、それでも心のどっかで、あの今の生徒会長に嫉妬してる自分が居るのよ」

「そりゃ」

「判る? 嫉妬よ? 嫉妬なのよ? 私が、そう思ってるのよ。気持ちわるいとか、そういうのではなく、嫉妬なのよ?」


 それは。


「あの二人の姿が、扉開けてすぐ目に入った時、私すぐに、見ているものを疑ったわ。だけど嫌になるほどこの目は観察してしまうのよ。彼、綺麗だった。嫌になるほど、それまでに見たことない顔で、気持ち良さそうだった。それ見て、私、嫉妬したのよ?彼にそんな顔させる、あの今の生徒会長に」

「それは仕方ないだろ……」

「ええ仕方ないわ。私も人間だし女の子だし、そうかもしれない。だけど、それは私が許さないわ。それに、私には理解できないことを、やすやすとされていることにも、すごく腹が立つわ。その顔をした彼、にも嫉妬したのよ?私の知らない表情! 私が知らない、私ができない、そんな顔する彼、にも嫉妬したのよ?」


 握りしめる手が白くなる。それに反比例するように、頬は赤らみ、目はきらきらとしてくる。

 言葉を無くしているワタシに気が付いたのか、はっとして彼女は、握っていた手を開き、それをしばらくじっと見つめた。


「ごめんねヤナセ、私ばっかり何か」

「ううんそれはいい…… それより、何で絵のこと」

「うん、描いてもいいわ」


 え、とワタシは思わず問い返した。


「そのかわり、お願いがあるの」

「何」

「あなた私のこと好きだと言ったわね?」

「え」


 私は一瞬跳ね上がる鼓動を感じる。

 そういう意味で言っているのではないのは判る。彼女が知る訳がない。

 だからこの言葉は、前の、あの時初めて彼女が泣いた時の、その時の言葉だと思い付いた。

 とっさに思い付いた。慌てて記憶の中から引っぱり出した。


「言ったよ」

「私に触れても平気と言ったわね」

「言ったよ」

「じゃあ私と寝てみて」

「サエナ!」


 思わずワタシは声を荒げていた。


「自棄になるんじゃないよ!」

「自棄じゃあないわ」


 静かにサエナは言う。首を横に振る。


「私は、知りたいのよ」

「何を」

「ショックだったのは、それでもホントよ。私は彼が、男と寝られる、というのは、確かにショックだったのよ。―――でもそれ以上に今は、知りたいのよ。それが、そんなに、彼にとって大切なことなのか」

「女の子でなくても――― ってこと?」

「それでもそうしたいというのは、どういうことなの? って、私は知りたいのよ。判らないから、知りたいのよ。だって私はあまりにも、知らないわ。判らないわ。だから同じことをしたら? そうしても判らないなら、それは私とは、違うのよ。だけど、何もしないうちに、それは、言えないじゃない」

「それで、同じ女のワタシと?」


 彼女はうなづいた。

 知らないということは、ひどく時々残酷だ。

 もし彼女がワタシの気持ちを知っていたら、決して彼女はこんなことを口にしないだろう。

 だが知っていたら、そもそもこんな風に、話し合えもしないだろう。

 鼓動が、耳の奥でヴォリュームを上げる。


「あなたは、どうすればいいのか、知ってるでしょう?」


 苦笑する。それをどう取ったか判らないが、彼女の表情が一瞬曇った。


「女の子を抱いたことは、ないよ」

「ヤナセ?」

「泊めてくれるの? ワタシはまだ痴漢のショックが抜けてないから。夜道を帰るのはやだ」


 彼女の表情が、明るくなった。

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