第11話 レッテルを貼って行ったひと
リボンが張られ、送別会の後、卒業生が正門へと送り出されていく。
張るまでは美術部の仕事だが、その後のリボンの運命は、神のみぞ知る、である。
ワタシはぼんやりと卒業生が講堂から出てくる様子を見ていた。
頭がまだ、ぼんやりしている。上手く外の情景と今の感覚がつながらない。
周囲には美術部の同級生達。ワタシがナオキ先輩に連れ出されたことを知っている彼等彼女等は、今のワタシの様子には不審を抱いていると思う。
だがさすがに今のワタシにはそれをどうこう言うだけの気力はなかった。
*
何をするんですか、とワタシは彼を思い切りもがいて引き離した。縁が無いから、そんな力が自分の身体に突きつけられたことは無かった。だからまあ、ただただワタシは驚いていた。
「な」
にするんですか、という言葉が出て来なかった。
情けない程、突発事項に弱い自分に気付いた。考えてもみなかった。この先輩がそういうことをするなんて。それに、それまで話していたことからは、この行動は全く結びつかない。
だって、この先輩は、前の前の生徒会長を、ずっと。
「悪い」
「悪いって」
悪いと思っていて、どうして好きでも何でもないワタシにそういうことをするのか。ワタシは混乱していた。
「だけど、もしもお前が気付いて、それで隠し通したいなら、俺を隠れみのにすればいい」
「だから何に気付いて」
「さっきから言ってるだろ? お前が今の生徒会長を」
ワタシは大きく頭を振っていた。混乱が渦を巻いていた。巻いて巻いて、言葉も何もかも、その中に飲み込まれてしまったかのようだった。
「まあいいさ」
そう言うと先輩は、ワタシの手をもう一度ぐっと引っ張った。
*
ワタシは手首の袖をまくって、彼が書いた文字を見直す。向こうの海の側の、あの小京都とも言われている地方都市の、住所。そして携帯の番号。
もしも必要になったら呼べ、と彼は言った。
一体何が必要になるというのだろう? 書かれた時のポールペンの感触が浮き上がってくる。優しいのかそうでないのか、さっぱり判らない。
この電話番号が必要になる時が来ると、彼はそういうのだろうか。そして必要になったら、彼は一体ワタシに何をしてくれるというのだろう?
「ヤナセ!」
呼ぶ声に、はっとして手首の袖を下ろし、顔を上げた。
「あれ見なよ! ナオキ先輩!」
美術部の同級生は、切り取ったリボンを首に巻き、きらきらと銀色に光る、クリップのネックレスを誇らしげにつけて歩くナオキ先輩を指さした。
「見たよ」
そして背後から彼女達は囁く。
ああそうだ。準備室から見えるのは、生徒会室だけではない。
下に視線をやれば、「森」も一望できるのだ。四階だけど、何をしているかくらいは、きっと判ってしまう。
レッテルを貼って行ったのだ、とその時ワタシは気付いた。
先輩は、ワタシに決まった相手が居る、という貼り紙をしていったのだ。
それでもし別の男を好きになればそれはそれで構わない、だけどもしワタシがサエナのことを―――
その時に、それを気付かせないために。
そうよねヤナセには、先輩がいるもんね、とサエナに気を許させるように。
それを喜んで受け止めていいものか、ワタシには判らない。
だが自分の中の渦が止まったことだけは、ワタシにも判った。
先輩は明るいオレンジ色の髪を、まだやや冷たい風に煩そうにかき上げながらも、こちらを見て笑顔を作る。ワタシはうなづいた。全ての面ではないにせよ、あなたの気持ちは判った。
元気で、とワタシは口の中でつぶやく。
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