第2話 彼女と出会ったのは、一昨年の春だった。
ワタシが彼女と出会ったのは、一昨年の春だった。
*
幼稚園からずっと同じ大きな敷地内にある高等部に上がったばかりの、穏やかな、春の日。
同じ敷地内にあるとは言え、中等部と高等部の間の敷居は高い。結構憧れの場所だったのは本当だ。そうでなくとも校舎にせよ、運動場にせよ、何かにつけ高等部の方が良い。
昔ながらの校舎や、蔵書が多い図書室。中等部の味気ない灰色の校舎に比べ、ずいぶんとそれは魅力的だった。
そして、何と言っても、高等部には、「森」があった。
「森」と言っても、ワタシが勝手にそう名付けているだけで、実際は何と呼ばれているのかは知らない。
ただ、旧校舎の裏手から運動部の部室棟へ続く少し長い道が、ずいぶんとうっそうとしていて、手入れもされず放っておかれているように見えたので、ワタシはそう呼んでいただけ。
手入れされない、というよりは、手入れを拒んでいるようにも見える。
人が滅多に来ない。ちょうどそういう位置だった。
旧校舎から運動部棟へ行くのだったら、その道を通るよりは校舎の中を突っ切った方が早い。時間の無い運動部の生徒達は、どたどたと廊下を走って出ていく。時には窓から抜け出す男子生徒も居て、実にけたたましい。
かと言ってたまり場にするような雰囲気の場所でもなかったようで、持ち込んだ菓子や煙草の吸い殻が落ちてるようなこともなく、そのあたりは何か暗黙の了解ができているようでもあった。
殆どけもの道ではないかと思う程、雑草は生い茂り、蔓は長く伸び、あちこちに腕を伸ばしている。
まあそんな場所なので、そうそう好きで来る者もなかったようである。
一応その「果て」はそう高くもない壁で、乗り越えて外に出るのも簡単だ。
だがわりあい自由なこの学校では、昼休みの抜けだしが黙認されていたくらいなので、わざわざ「壁を越えて」行く理由もないらしく、特に魅力にはならないらしい。
そんな訳で、ワタシがその場所で彼女を見付けたのも本当に偶然だった。
ワタシはその時花を追っていた。
校舎の近くに植えられた桜に始まり、花壇の花、温室の花、とにかくこの高等部内にある花の場所を確認しておきたい、という気分にその頃かられていたのである。
新学期、新しい学年、新しいクラスと言ったところで、幼稚園から一緒の顔ぶれが殆どである。今更人間関係には新鮮味はなかった。
高等部からの編入生も、いないことはなかったが、クラスに入った顔ぶれは、いまいちワタシの気を惹くものではなかった。
なのでとりあえずは、描くこともあるかもしれない花を探しに出たのである。
春も四月、真ん中あたりにはもうかなり気温も上がってきていて、陽も長い。放課後は、そんな構内散策にはいい時間だった。
遠くにブラスバンドの練習の音が聞こえていた。音を長く延々伸ばす練習。カーン、と音をさせる野球の練習。何処かの教室では、ESSの新入部員の紹介なんかもやっている。
美術部に入ることは決めていた。
決めていた、というより、ワタシにはそれ以外考えつかなかった。
物心つかないうちからえんぴつやらマーカーを手にしていた。母親は安い藁半紙を束にして買ってワタシに与えた。初等部の先生は、首をひねっていた。そして中等部の先生はものの見方を変えた。
変わってしまった目は、それ以外の行き先を許さなかった。
後で考えてみれば、ワタシは気楽だった。そして今でも気楽である。良かれ悪しかれワタシには選択肢は他には無いし、それだけあれば何とかなるだろう、と奇妙な確信さえ持ってしまっていた。
部の方にも一度申し込みに顔を出したが、元々無茶苦茶に活発という場所ではないらしく、週のうちに一度顔を出せばいいだろう、という雰囲気があった。では今日くらいいいだろう、と思った風のない、穏やかな日だった訳である。
ところがその日、「森」には先客が居た。
もっともその時、ワタシが思ったのは、客のほうではない。
こんなところにベンチがあっただろうか?
細い小さな葉が、蔓に貼り付き、淡い、小さな黄色の花と一緒になって、垂れ下がっていた。
そしてペンキもはげ、脚もさびまくっているそのベンチを一杯に覆っていた。
ああだから気付かなかったのか、と気付いた時、ワタシはそこに先客が居たことをようやく認識した。
先客は眠っていた。そんなところに腕を乗せたら汚れるんじゃないか、と思ったが、あまりにも心地よさそうに眠っているので、ワタシは思わず立ち止まってしまった。
放っておこうかな、とその時は思ったのだ。起こすには忍びなかった。
だが。
ぴぴぴ、と電子音が響いた。
ぱち、と目が開いた。
その目は無意識にこちらへ動き…動いた瞬間、大きく開いた。
「見てたの?!」
そういえば、とその時ワタシはその先客が隣のクラスの編入生であることにようやく気付いたのである。
顔を赤らめて、何かに怒っているのに怒っていない素振りを見せようとする彼女には、笑いを押さえることで敬意を払った。
その隣の組の外部生の彼女が
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