インスタか? インスタだなっ!?

今日もナナシとナナミが部室に顔を出すと、

先輩達全員が落ち着かない様子で

何やらソワソワしている。


何かを言いたそうな、

しかしそんな素振りを見せないように

素知らぬフリをしているような。


白々しいというか、

ヨソヨソしいというか、

その部室の空気に耐え切れなくなったナナシ。


「……あっ、あの、イン……」


ガタッ!


ナナシがそう言いかけただけで

先輩達が全員

座っていた席から立ち上がった。


「インスタか!? 」

「インスタだろっ!?」

「インスタねっ!?」

「インスタだなっ!?」

「◯△◇×☆!?」

「……!?」


インスタ掲載用の撮影が

よっぱど気に入ったらしく、

個人情報保護部の先輩等は

毎日撮影を待ち侘びるようになっていた。


誰一人公言はしていないが、

投稿された自分の画像や動画を

チェックするために

見る用のインスタアカウントを

みんな開設しているらしい。


まるで食わず嫌いのように

頭ごなしに拒絶していたものが、

やってみたら案外楽しかったというのは

よくあることで、

だがこの人達の生き方的には

それは到底認められるものではない。


可愛い後輩をストーカー被害から守るため

どうしても仕方なくやっている、

その大義名分があればこそ

インスタも出来るというものなのだ。


-


今日もインスタUP用の撮影を行うことになり、

各自はそれぞれ思い思いのアップをはじめる。


「この時のために、俺は

おニューのマスクを用意して来たのだ」


「もちろん日々の鍛錬で

十分体を絞り込んで来てもいる」


「さすがです! 部長!」


「今日は俺の僧帽筋そうぼうきん

その魅力を見せつけてやるか」


玄人くろうと好みのチョイスです! 部長!」


なぜか部室に置いてあるマシンで

ウェイトトレーニングをはじめる部長と二号先輩、

なんでもトレーニング直後の筋肉が

膨張していて一番見栄えがいいらしい。


  いつの間に、部室に

  こんな本格的なトレーニングマシンが……


「部長の筋肉……

尊い、尊過ぎますよ!」



罵詈雑言を書き連ねたフリップボードを

山のように重ねて

準備をしているビッチキラー先輩。


しかも時折、首を傾げながら

取り消しの二重線を入れたり、赤入れをし、

書き直したりを繰り返している。


「最後は小さい『っ』を入れたほうが

勢いが出るか……いやそれではノリが軽いか……」


「ビッチキラーを名乗る以上、

ビッチの真似事は出来んからな……」


白頭巾、白マントの変人が

真面目に文字表記について悩んでいた。


  えぇ……しっかり校正して

  罵詈雑言、暴言を吐いているのか……


  そういうのは勢いで書くものではないのか?


  むしろこっちの方が

  サイコ感満載でコワ過ぎるぞ



占い師先輩が見ている金言集の本には

びっしりと付箋が貼られており、

ページの随所に

マーカーペンでラインが引かれている。


「朝決めていたことが

夕方には変わってしまうこともあるでしょう

(朝礼暮改)」


「手馴れた仕事でも

ミスをすることがあるかもしれません

(猿も木から落ちる)」


「あなたにとって重要なことでも、

分かってもらえない人には全く伝わりません

(馬の耳に念仏)」


彼女もまた台本づくりに余念がない。



全身タイツ先輩も

新しい気持ちの悪い動きを

研究、開発して来ており、

新技を披露する気満々。


忍田しのびだ先輩も

ひょっこり忍者の撮影場所を

校内から校外の野外ロケにする

企画を立てて来ていた。



  全員、無駄に真面目かっ!


  しかしヤバイな……

  個人情報保護部を名乗っておきながら

  この人達、自己顕示欲とか、承認欲求とか、

  めちゃくちゃ強いぞ


  身元を知られないように隠しつつ

  自己顕示欲や承認欲求を満たすという

  うーん…… それって犯罪者予備軍では??

  

-


そんなことを続けていたが、

ナナシの目論見とは全く逆に

ストーカーの犯人は直接行動、

強行手段に打って出た。


日が暮れて薄暗い学校の帰り道、

物陰から突如飛び出し来る不審人物。


ナナシの企みは裏目に出て

ナナミを危険に晒してしまった訳だが、

賊は護衛をしていた筋肉部長達に

見事に取り押さえられた。


「よしっ!

不審者を確保したぞっ!」


スーツを着た

ごく普通のサラリーマン風の男を

取り押さえている

筋肉マッチョのマスクマンが二人。


  どう見ても

  不審者はお前達のほうだからなっ!!


  もうこれ、

  覆面した二人組の強盗だろ!?


ナナシも無理矢理

護衛に付き合わされていたので

その場に居合わせていた。



「せ、先生?」


街路灯の下で、

犯人の顔を見たナナミは

驚きの声を上げる。


「この人は、

あたしが中学の時に通っていた

塾の先生です……」


ストーカー犯と思われる男は

取り乱して言い訳をする。


「ち、違うんだっ!

こんなストーカーみたいなことをしてしまって

本当にすまないと思っている……


だが、君が高校で

よく分からない変な人達と

つるんでいると聞いて……


心配になって、ここ最近ずっと

こっそり様子をうかがっていたんだ


君のインスタも、なんだか怪しげな

よく分からない写真や動画ばかりだったし」


男にも言い分はあるようだが、

十五歳の少女を尾け回している時点で

世間的にはいろんな意味で完全にアウト、

申し開きのしようもない。


そこでナナシは気づく。


  えっ! えっ?


  もしかして、それって……

  ストーキングされるきっかけになったのは

  この部のせいなのでは…… ?


「何を言っているんだ、貴様!

俺達の可愛い後輩であるナナミが

そんな変な連中なんかと

つるんだりする訳がないだろう」


力強く否定する部長、

本人達には、全く自覚がないらしい。


  いやいや、いやいや

  この流れで普通に分かるだろ?


  暗い夜道を覆面をして歩いているだけで

  もう十分に変な連中だというのに


  というか、はっきりインスタって

  言ってるんだから、気づけよ!



  いやいや、いやいや

  ちょっと待て、ちょっと待て


  ということはだな、なにか?


  自分達でストーカーの原因をつくっておいて

  自分達で捕まえたということなになるのか?


  それはもう、世間では

  自作自演とか、マッチポンプとか、

  そう呼ばれているやつなのでは?



  なるほど、そうか、そういうことか……


  この男もいつもの俺と同様に

  ナナミのトラップにハメられたということか


  可愛らしかった美少女が高校に行って

  変な奴らと付き合い出して

  不良になってしまったかもしれない、

  どうか道を踏み外さないで欲しい、

  そう思い、心配のあまりに

  ずっと陰ながら様子をうかがっていた、

  そしたらストーカーと間違われたと


  お、おそろしい女だ……

  天然のナチュラルトラップを発動させてしまう

  魔性の女か何かなのか、こいつは?



  そうか……

  つまり、つまりだな、

  世の美少女達は

  もう全員トラップということだな


  これからは美少女を見たら

  天使だと思うな、トラップだと思え!  

  そういうことなのだな



結局、ストーカーの犯人は

ナナミの中学時代に通っていた塾で

塾講をしていた大学生であり、

タカアシガニは一切関係ないことが判明。


ナナミは少なからずショックを受けていたが、

タカアシガニ事件の被害者が居なかったことに

ナナシは安堵する。


あのタカアシガニは一体なんだったのか?

どこからどうやって来たのか?

まるでミステリーのような

タカアシガニの謎だけが残る

結果となったのだった。


-


それからみながどうなったかというと……


犯人が捕まって喜ばしい筈であったが

部の先輩達はインスタ撮影が出来なくなって、

すっかり意気消沈。


「『TickTock一緒にやりませんか?』って

先輩達を誘ってみようかな?」


意味不明に妙に盛り上がっていた

インスタ祭りが終わってしまい

ナナミも一抹の寂しさを感じているのだろうか。


「余計なことすんな」


  やっと変なイベントから

  解放されたというのに

  まったく、この女と来たら


  また、どこにトラップを仕掛けられるか

  分かったもんじゃない


そして、ナナミもまたずっと

不思議に思っていることがある。


「なんかインスタのフォロワー、

あたしの中学時代の友達なんだけどさぁ


みんなから大丈夫?ってDMが

毎日沢山届くんだよね


先輩達の超面白い動画とか画像とか

沢山UPしてるだけなのに

意味分からなくない?」


  あぁ、結局こいつも

  分かっていないのか……


そう、ナナミもまた

ストーカーが犯行動機で語っていた

変な連中というのが誰のことなのか、

全く理解していなかった。


根も葉もない噂を流された

ぐらいにしか思っていない。


説明するのも、分かってもらうのも

既に面倒臭くなったナナシは

適当に言葉を投げ返すだけだった。


「あのインスタのアカウント、

一回削除してやり直した方がいいぞ」


「ん? なんで?」


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