被害妄想系ネガティブコメディ「個人情報保護のため、名前は絶対教えません」

ウロノロムロ

自己紹介、だと!?

自己紹介、だと!?

桜咲く春、

ここ国立陽徳こくりつひとく学園でも

美しい桜が咲き誇っている。


本日は学園の入学式、

新しい高校の制服に身を包んだ

まだ初々しい新入生達が

少し緊張した面持おももちで登校して来ていた。


その中の一人、長身細身の眼鏡をかけた

到底十五歳には思えない見た目の少年。


眼鏡が日の光りを受けキラリと光る。


  ふっ、自分もこれでようやく高校生か……

  高校生になった今こそ

  この学び舎に自分は誓おう!

  高校では絶対に誰にも名前を教えないとっ!!


まぁ、何を言っているのかよく分からないが、

それはさておいても

この学園には少し特殊なルールがある。


個人情報保護が少しだけ行き過ぎた日本。

政府は個人情報保護急進派と否定派に分かれていたが、

急進派は社会実験的な試みとして、

生徒を学籍番号のみで管理する

この学園を創立するに至った。


従ってこの学園では、

個人情報保護の名の下に

生徒が本名を明かさなくてもよい権利を有している。


本名を明かすのも明かさないのも生徒の自由、

在校生も通称やニックネームで

お互いを呼び合う者達が多い。


教職員は生徒を学籍番号で呼ぶので

そちらも混乱の問題はない、

いや否定派的には大問題なのかもしれないが。


そして、彼はバリバリ急進派の父を持ち、

すっかり個人情報保護主義思想に

毒されているという訳だ。


  この学園で三年間、

  本名を隠し通せてこそ

  真の個人情報保護主義者と言うもの

  やってやる、やってやるぞっ!


これからはじまる高校生活三年間、その初日に

こんな訳の分からない野望に燃えているぐらいなので

相当の変わり者であるのは間違いない。



入学式も学籍番号が記載されている席へと座る。


彼の学籍番号は『13-2-774』、

事前に入学式の書類と一緒に送られて来た番号。


  13-2-774

  ヒミツノナナシ

  秘密の名無し


  なんという素晴らしい番号、

  まさしく自分のための番号だと

  言い切ってしまってもいいだろう


こんな感じで学籍番号も大層気に入って、

風変わりな新しい学園生活への期待に

胸を膨らませていたのだったが……。


-


「えぇ、それではこれから

みなさんには自己紹介をしてもらいます」


  自己紹介、だと!?


それは彼のクラス、一年二組で

早速行われたホームルームの際に

担任の男性教諭が発した一言。


  一体どういうことだ?

  この学園では本名を

  名乗らなくていいのではないのか?


  そう信じてこの学園を選んだんだぞ

  それが一体どういうことだ

  どうしてこうなった


  失望した!がっかりだ!

  知っていればこんな学園などに入らなかったっ!


自己紹介という一言だけで

これだけ心かき乱されるというのは

もうある意味才能と言っていいだろう、

何の才能なのかは分からないが。



「えーと、それでは右端一番前の彼から」


入学早々いきなり絶望に暮れる彼を他所に

無慈悲な教師の指示により

自己紹介は進められて行く。


「えーと、自分は田中公平たなかこうへいです……」


「あ、ちょっと待って、

本名は別に言わなくてもいいから、

他のことを自己紹介してくれるかな……」


  本名は名乗らくていい、だと!?


絶望の淵に立たされていた彼に

一気に希望の光が差し込んで来る。


  そもそも

  名前を名乗らない自己紹介というのは

  それはもう自己紹介なのか?

  という疑問がなくはない


  そんな禅問答のようなことを

  十五歳に要求するとは

  やはりこの学園、

  一筋縄ではいかないようだな


  ハッ!

  そうか!そうだったのか!

  間違いない

  これは、これはトラップだっ!


  我々がどれぐらい

  個人情報保護思想を理解しているか

  学園側はそれを試しいるのだ

  いわば抜き打ちテストのようなもの

  俺達は今試されているのだ、この学園に


  それが証拠に担任教諭の顔を見てみろ

  相当に険しい顔をしている

  まるで面接試験の審査官のようではないか


確かに担任の教師は険しい顔をしている。


『やべぇな、事前に説明すんの忘れてたな、

まぁ、別に名前を公表しても

ルール違反って訳でもないしな、まぁいいか』


どうやら理由は全然違ったようだ。


  それに自己紹介と言う名称に騙さて

  自らの本名を語ってしまった

  田中公平とやらを見てみろ


  ほんのわずか一瞬で

  本名を晒されるハメになっている

  入学初日わずか数時間で

  もう本名を晒されるなど

  なんというおそろしい事態だ


  いや、彼は尊い犠牲になったのだ

  他の生徒達にこのトラップを伝えるために

  自らを犠牲にしていしずえとなったのだ


  ありがとう田中公平

  お前のことは決して忘れない

  これから先、お前のことは

  きっちり田中公平と呼んでやるぞ


わずか一瞬の内に、

これだけのことを脳内で思い巡らせていた彼は、

頭の回転の速さ、思考速度だけは天才並みであった。


しかし考える内容がクソみたいなことしかないので、

これまでの人生でそれが役に立ったことは一度もない。


ゼロにいくらゼロを足そうが、ゼロを掛けようが、

ゼロはゼロでしかないのだ。





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