重ね合わせの猫箱

猫柳蝉丸

本編


「ご主人様!」


「俺は君のような侍従を持った覚えはないが……」


「違いますにゃ! 見ての通り侍従じゃにゃくてメイドですにゃ!」


「メイドなら余計に持った覚えがないのだが」


「いえ、これはご主人様に喜んでほしくて選んだ衣装なんですにゃ!」


「まあ、俺にもメイド属性は無くはないから、メイドにご主人様と呼ばれるのはやぶさかではないが」


「それはよかったですにゃ! 狙い通りですにゃ!」


「と言うか、まず何なんだその語尾は。名古屋人か君は?」


「それは名古屋人への風評被害ですにゃ! タマはこの前ご主人様に助けてもらった三毛猫ですにゃ! 恩返しのために人間に化けてお会いしに来たんですにゃ!」


「トラック……、そうか、君は三日前助けた三毛猫のタマヨか! 元気で何よりだ!」


「思いの外、あっさり受け入れてくれましたにゃ……」


「まあ、そんな三毛猫みたいな柄のメイド服を着る娘がこの現代日本に存在すると考えるより、三毛猫がメイドに化けたと考える方が合理的だからな。その猫耳も猫の耳の質感そのものだしな。むしろ知らないメイドにご主人様と呼ばれる方が怖いぞ」


「それはそうかもしれないですにゃ……」


「それでどうしたんだタマヨ。最近見ないと思っていたら人間に化けてるなんてな。ひょっとして猫又だったのか?」


「タマは猫又じゃないですにゃ。ご主人様に恩返ししたいと思っていたら猫神様に猫耳メイドにしてもらえたんですにゃ!」


「ひどく趣味的な神も居たものだ。と言うか、この街に居るのか猫神」


「はい、三丁目の稲荷神社で呑んだくれてますにゃ!」


「突っ込みが追い付かないから猫神の事は置いておくとして、別に恩返しなんてよかったんだぞ、タマヨ。俺は猫好きだからな。トラックに轢かれそうになっていたら助けるのは当然でしかない」


「そんなご主人様だからこそ、タマはご主人様に恩返ししたかったんですにゃ! トラックの事だけじゃなくて、タマが子猫の頃からずっと可愛がってくれて、ずっとずっと嬉しかったんですにゃ!」


「何、俺もタマヨと居られて幸せだったんだから、お互い様だ」


「ご主人様、素敵ですにゃ……! 是非、恩返しさせてほしいですにゃ!」


「そう言われても急には思い付かないしな……」


「……ねえ、ご主人様?」


「どうしたんだ、タマヨ?」


「タマの人間の姿、可愛いですかにゃ?」


「ああ、可愛いと思う。猫神の趣味が変態的……じゃなくて、趣味がよかったんだろう。少なくとも今のタマヨほど可愛い女の子に出会った事はないよ。その猫っぽい釣り目も魅力的だ」


「えへへ、よかったですにゃ。これで恩返しできそうですにゃ」


「ん? 可愛さと恩返しに何か関係があるのか?」


「ねえ、ご主人様。タマ、ご主人様のためなら何でもしますにゃ!」


「ん? 今、何でもするって言ったよね?」


「そうですにゃ! 何でもしますにゃ! エッチな事だってしちゃいますにゃ!」


「あっ、そういうのは結構です」


「何でにゃ! 男子高校生って、兎並みに年中発情してるんじゃないんですかにゃ!」


「年中発情しているのは確かだが、嫌だよ、猫と交尾するのなんて。衛生的な意味で」


「妙に現実的にゃ!」


「変な菌とか居るかもしれないだろう。人間の形してても抵抗あるよ、そういうの。知ってるか、タマヨ? エイズはチンパンジーの肉を食べた人間から流行が始まったという説があるんだぞ。異種族の交流はそれほど気を付けなければならないという事なんだ」


「論理的に拒絶されるって結構きついにゃ……」


「だから、交尾とか以外で恩返ししてくれていいんだぞ、タマヨ」


「今から猫神様に頼んで変な菌を取り除いてもらいますにゃ! それでご主人様と交尾できますにゃ!」


「タマヨ、ひょっとして自分が交尾してみたいだけだろう」


「したいにゃ! 交尾してみたいにゃ! 人間みたいにまぐわりたいにゃ!」


「男子高校生を発情期って言っておきながら、君の方がよっぽど発情期じゃないか」


「仕方ないにゃ! 猫同士の交尾って痛いらしいんだにゃ! 怖いんだにゃ!」


「そう言えばオスのペニスには銛みたいな返しが付いてるから痛いって聞いた事がある」


「知っているのかにゃ、ご主人様! そうなんですにゃ! 猫の交尾は痛くて怖くて血まみれなんですにゃ!」


「うわあ……」


「しかも妊娠確率は九割なんですにゃ! 発情期に排卵するからそりゃすぐ妊娠するにゃ! だから、人間みたいに交尾を楽しめないんですにゃ! ずるいにゃ! タマも人間みたいにまぐわって交尾を気持ちよく楽しみたいですにゃ! 人間だけずるいですにゃ!」


「俺に言われてもなあ……」


「お願いですにゃ! タマと交尾してほしいですにゃ! 妊娠するのは仕方ないけど痛いのだけは嫌なんですにゃ! 気持ち良くご主人様の子供を妊娠したいんですにゃ!」


「俺にもタマヨの願いを叶えてやりたい気持ちはあるんだが、一つ問題があるんだよ」


「な、何ですかにゃ?」


「その前に俺の願いを一つ叶えてくれないか? 何でもしてくれるんだろう?」


「ご主人様のお願いなら……」


「猫の姿に戻ってくれ」


「えっ」


「俺、実は猫は好きだけど猫娘は好きじゃないんだ。何だよ、猫娘って。猫は猫で完璧な造形だろう。それが何故人間の娘と合体せねばならないのか全く度し難い。キメラなのか。それとも悪魔合体なのか。俺の美意識からは完全に外れている。実に度し難い。猫は、猫のままだからこそ、いい。そうは思わないか、タマヨ?」


「そんにゃ……。猫神様は『猫耳メイドの姿で行けば男子高校生と交尾するのなんて楽勝ぞい!』って言ってたのに……」


「そんな口調なのか猫神。とにかく俺は猫耳メイドに興味は無い。残念ながらな」


「うう……、タマはどうすれば……」


「俺にはタマヨがタマヨであってくれる事こそが一番の恩返しなんだ。それが猫好きの俺にとって一番幸せなんだ。分かってくれるな?」


「ご主人様……」


「タマヨ……」













HAPPY END













「あっ、それならタマが猫の姿のままでご主人様と交尾すれば……!」


「そういう意味じゃねえよ!」








おわり

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