物専門の勇者

石スタート

気づくと男は石になっていた。


いや石なのだから

本当であれば

男かどうかも分からない、

石に性別があろう筈はない。


以前の性別が

男であったに過ぎないのだ。



石像という訳でもなく

霊験あらたかなる霊石という訳でもなく

道端に普通に転がっている

まさしく路傍の石。


本来であれば目がないので

見える筈はないのだが、

何故か物は見える。


そしてここが

異世界らしいということも分かる。


先程から奇妙な生き物が

自分を踏みつけて行くからだ。


-


一体何故こんなことになったのか。


車に轢かれそうになって

そこから記憶はないのだが、

これは一体転生なのだろうか?


いや生まれる所から

はじまった訳ではないので

転移なのか?


いや転移は

肉体がそのまま転移する訳だから

転移ともまた違うのだろうか。


まるで魂だけが

異世界の石に憑依した状態、

厳密にはそれが一番正しいのだろう。



いずれにしても

石とは一体どういうことなのか。


普通は女神なんかが出て来て

これからあなたは

異世界に転移しますとか、

何か異空間で誰かの声がして

あなたはこれから転生します的な

イベントがあって

転移なり転生なり

するものではないのか?


死に掛かって

いきなり石になっているというのは

少しハードモード過ぎるんじゃあ

ないだろうか。


前世でそこまで

悪いことをした覚えもないし、

人間以外の何かになるとしても

妥当な評価としては

せいぜい獣か虫ぐらいだと思うのだが。


男はそんなことを考えていた。


-


石になった男は

当然ながら動けない、

何せ石なのだから。


ずっとじっとしていて

あまりにも暇過ぎるので、

暇に任せてあらゆることを考えた。


そして、この世界の生き物に

咥えさせて移動が出来ないかという

絶対暇じゃなければ

思い付かないようなことを思い付く。


しかしそんな都合良く

獣なりなんなりが石を咥えて

移動してくれるものなのだろうか、

男もそうは思ったが

やらないよりはやってみた方がいい、

どうせじっとしている以外、

他にやることもないのだから。



そして石は気づく、

自分がビーストを使役出来る

ビーストマスターの能力を

有していることに。


ドラゴンも使役出来たので

おそらくドラゴンマスターの能力も

備わっているのだろう。


それはまるで

石になって、どうやって

その窮地を脱するのか、

その方法を見つけるという

ゲームのように思える。


『あぁ、これ、

こういうタイプのゲームなのか』


もしこれがゲームであるならば

そのゴールは一体どこなのか、

やはり魔王を倒すことではないのか?


別に勇者でも何でもなく、

それどころか

比べるのもおこがましいぐらいに

ただの石なので、

魔王にこだわる必要もないのだろうが、

このままじっと石として

この世界にいたくはない、

魔王を倒せば何か変わるかもしれない、

男というか石はそう思った、石なのに。


だが実はそれは

男の勘違いであって、

自分はただの石で、

この世界には別に

ちゃんとした勇者がいる、

男はそう思っていたが

実はこの石こそが勇者なのだ。


なので現在彼は

石の勇者ということになるのだが、

比喩的表現でも

形容詞的用法でもなく

どストレートに石の勇者という

言葉そのままの存在なのである。


もう少し言い換えれるならば、

彼の魂自体が勇者なのであって

それが憑依した物は

すべて勇者になるということだ。


-


それから石は何十年もの間、

異世界の生き物、

魔獣やドラゴン達に

咥えられ放浪の旅を続ける。


そしてようやく

魔王の元に辿り着くと、

魔獣の群れを使役して

魔王をボコボコにし、

瀕死となったところで

魔獣が咥えている自分、

石を魔王に目掛けて

放り投げさせた。


魔王に石が当たると

魔王は倒れてそのまま絶命する。


本当に形だけではあるが

最後に石が魔王に留めを刺したという

体裁を繕ったのだ、

そうでなければ魔王を倒したのが

自分だと認めてもらえない可能性がある。


その時、

ファンファーレのような音がして、

石は次の転移へと導かれて行く。


やはりどうやら

魔王を倒すというのが

このゲーム?の目的らしい。


新たな転移先に移動する中、

石であった男は思う。


『このゲーム、

一体誰得なんだよっ』

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