わたしの愛するケモノ

サバ寿司

わたしの愛するケモノ

あの人は家に帰ると、ケモノになる。


牙をむきだしてシャーシャーと唸る。


「おかえりなさい」


わたしは笑顔であの人を迎える。


だけど、言葉は通じない。


ケモノになっているあの人は、わたしを襲う。


ガジガジ噛んで食べようとする。


わたしはあの人を、ぎゅっと抱きしめる。


ガジガジ噛まれてちょっと痛い。


そのうちあの人は自分を思い出し、


少し哀しい顔をして、


「ただいま」と言う。


わたしはもう一度笑顔で


「おかえりなさい」と言う。


そして頭を優しく撫でると、


恐ろしいケモノは小さくなって、ヒツジになる。


つぶらな瞳で、


「めぇー、めぇー」と鳴きながら、何かを伝えようとする。


だけどわたしには何を言っているのか分からない。


ヒツジになったあの人は、いつもの優しいわたしの愛する人。


あたたかいご飯を食べて、


あたたかいお風呂に入って、


あたたかいお布団で眠る。


あの人が外の世界で何をしているのか分からない。


どうして恐ろしいケモノになって帰ってくるのか、


どうしてヒツジになって、めぇーめぇー鳴くのか、


いつからそんなふうになってしまったのか分からない。


だけどきっとわたしの愛する人は、


わたしたち家族のために恐ろしいケモノになって戦ってるんだと思う。


だからあの人がケモノになっても、


いつでも優しくて弱いヒツジに戻れるように、


わたしはあの人を守り続ける。





ぼくはどうしてこんな醜く恐ろしいケモノになってしまうのか。


分からない。


朝起きて仕事に行って、気がつけばケモノになっている。


ケモノのぼくはとても強い。


誰にも負けない。


戦い続ける。


人にとても酷いことをいったり、大きな声で怒ったりする。


そんなことをしたいわけじゃない。


だけど誰かが戦わないといけないから、ぼくが戦う。


愛する人の生活を、家族の楽しそうな笑顔を守るために、


ぼくの牙はどんどん鋭くなっていく。


そのうち自分では戻れなくなってしまった。


気がついたら愛する人まで、この牙で噛んでいた。


こんな愚かで醜い自分を消してしまいたい。


けれど、もう戻れないんだ。


ぼくはケモノだ。


愛する人を守るために愛す人を傷つける、ぼくは化ケモノ。


めぇーめぇーと鳴く弱い姿が本当のぼくなのに。


誰かぼくを殺してほしい。


いつか愛する人までぼくが傷つけてしまわないように、


家族の笑顔を失なわないように。


ぼくは彼女に謝り続けるけど


めぇーめぇーとしか鳴けないから伝わらない。





わたしのパパはオオカミだ。


いつも夜遅く帰ってくる。


しゃーしゃー言いながらママを食べようとする。


最初は怖かったけど、


ママがパパをいつもの優しいヒツジにもどす。


ある夜ママが大きな声をあげた。


パパがいつもより強くママを噛んだから。


ママはパパを離そうとしてるけど、パパはママに鋭い牙を立ててている。


わたしは怖くて震えていたけど


ドアを開けて叫んでいた。


「パパ、お願いだから、やめて!」


ケモノのパパを目の前で見たのは初めてで、


とても大きくて怖かった。


そしたらパパは震えながらケモノの姿のまま、家を飛び出して行った。


ママは泣きながらその場に座り込んだ。


わたしも泣いてママを抱きしめた。


それからパパは帰ってこなかった。


ママは仕事に行くようになった。


わたしも成長してオトナになった。


あるとき河原で汚い毛むくじゃらの何かナニかが転がっているのを見た。











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