第133話 騎士だから
飛空敷がゆらゆらしながら、着陸した。
三人の女たちが降りてくる。
シールラはライラに抱きついた。
「きゃーライラさーん!さっきは、やっと戻って来たと思ったらおじさんたちに囲まれて難しい話してまたこっちに飛んでっちゃうから、お話できなくて寂しかったんですうー!」
「まあ、そうだったの?」
「無事でほんと良かったですぅ!またお城で一緒に楽しいこといっぱいしましょうねっ」
「ええ!」
ライラは嬉しそうに笑った。
プリンケは元気いっぱいにエスペルに駆け寄った。
「英雄!どうじゃ、神剣ウルメキアは役にたったか!?」
「はい、この剣がなければ勝てませんでした!」
言ってエスペルは、背中にくくりつけた空色の大剣を見せた。
「なんじゃ色も大きさも変っているではないか!すごいのう、本当に神剣なんじゃのう。良かった良かった、二千三百年の継承は無駄じゃなかったんじゃな!余も無事に務めを果たせて、祖父たちに誇り高いぞ!」
ミンシーはそれを聞いて感激したように手と手を絡ませた。
「伝説の神剣ウルメキア!陛下からエスペル様の手に渡っていたのですか!しかもこの焼け野原、本当にエスペル様お一人で全てのセラフィムを殲滅……?なんということでしょう、とてつもなさすぎてわけが分かりません!私この光景、この出来事、子々孫々まで語り継いでいく所存です!田舎の家族にも長文の手紙で伝達しておきます!」
エスペルは恐縮して頭をかく。
「やだなあ、大げさですよ魔術師のお姉さん!」
「わ、笑顔むっちゃ爽やか、お人柄まで完璧超人……。ところであの、私のほうが年下で……。あと名前、ミンシーで……」
「エスペル様すごすぎですううううう!シールラ、第四騎士団専属メイドとして誇らしいです、メイド仲間みんなにエスペル様自慢しちゃいますねっ!……あ、でもエスペル様って結構メイドに人気高いんで、あんまり褒めると誘惑されちゃうかもしれないですねえ、そうしたらライラさんが可哀相なので自重しておきますう……」
エスペルが狼狽する。
「ゆ、ゆーわくって!」
「え、やだ、私がなによっ」
「ライラさん、気をつけて下さいね、エスペル様のことエロい目で見てるメイドいっぱいいるんで、負けちゃ駄目ですよっ!」
エスペルが焦りながら、
「シールラさん!ライラの前で変なこと言うのやめて下さい!」
そこに何故かミンシーが反応を示した。
「お、男の人をエロい目で!?そんな感じなんですかメイドさん方……!帝都女子すご過ぎる……!」
「やだミンシーさんたら、反応が処女丸出しですう~」
「しょしょしょしょしょじょ関係なくないですかー!?」
そこらでごほん、と咳払いがした。
「……陛下、どういうことですか、これは?」
背後から、宰相のとても冷ややかな声が降ってきた。
プリンケが気まずそうにしつつも、逆切れ風に頬を膨らませる。
「な、なんじゃ、文句あるのかジール?自分ばっかり現場急行でずるいぞ!余だって来たかったのじゃ!」
「だからって新人の運転する飛空敷に三人乗りって、ご自身のお命、お立場をお考え下さい!」
「あーもう、うるさいのお。ミンシーは新人でもとても有能な魔術師だから大丈夫じゃ」
一方、そのミンシーはヒルデにじっとり睨まれていることに気づき、縮みあがっていた。
「あの、その、ヒルデ様、これには深いわけが……!」
「ほう、わけ?陛下に頼み込まれて断りきれなかった、などという理由ではないということだな?」
「……。そ、その理由じゃ駄目……な感じですか……?相手、皇帝陛下ですよ……?」
「馬鹿者!断れ!!」
「ひえええええ、すみません~~~~!」
エスペルとライラは顔を見合わせて笑った。
「なんだか平和ね」
「ああ、まったくだ、すっげー平和!」
そこにキュディアスの大きな手が伸びてきて、がしりとエスペルの頭を掴んだ。
「お前が守った平和だろ、ありがとな」
「ははっ、当然のことをしたまでです。騎士ですから!」
キュディアスはエスペルの言葉を噛みしめるように、微笑んだ。
「そう、だな……。さあ、戻るか、帝都へ。すっかり焼け野原になっちまったが、ともかくも奪還したんだ、お前らの故郷。老カブリア王にも報告しないとな」
「ええ、そうですね」
感慨深げなエスペルを、ライラが優しい顔で見つめた。
エスペルはその視線に気づき、微笑み返した。
「そうだ、引っ越そうか。もうちょっと大きい家に住もう」
「うん……」
「あと海にも行こうな、生命を……」
「育んだ海、でしょ」
「そう、それ」
「楽しみだわ」
「だな!」
未来のことを話せる。こんな普通のことが、なんて幸福なんだろうと思う。
エスペルは東方を見つめた。
人間達の住む方角を。
エスペルの守った、たくさんの人々が住む場所。
ふいにじんわりと、涙がこみ上げてきた。
これでやっと、あの地獄の六日間の悲劇を乗り越えられる心地がした。
あの時、救えなかった沢山の命。
でも、今度こそ。
(俺は守れたんだ)
(今度こそ、人々を守ることが出来たんだ)
ただその事実に、静かな満足感がこみ上げる。
(よかった……)
エスペルの目から、一筋の涙が零れ落ちた。
今救えた喜びと、あの時救えなかった悲しみ、その両方の感傷を込めた涙。
それは背負ったものの重さや、成し遂げたことの大きさに比して、あまりにも
——騎士として人々を守りたい。
彼を突き動かしたその一念。
これほど巨大な正義を成し遂げた人物の動機が、そんな素朴なものだとは信じ難い、と人は言うだろうか。
だが真の英雄とは、得てしてこのようなものなのかもしれない。
――「矮翼のセラフィム」、完――
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