第124話 天空宮殿(2) 儀式の間
浮遊感を覚える不思議な感覚の中、星空の螺旋階段を昇る。
やがて最上部に着いた。階段が終わり、星空の空間にかかる橋のように廊下が伸びていた。
橋のような廊下の端には、四角く光る入り口。
ルシフェルはその入り口へと入っていった。
エスペルとライラは廊下を渡り、入り口の手前でその中を見た。
大きな広間だった。全てが薄紅色である。
宮殿の一階が白水晶の空間だとしたら、ここは
だが
全体が濡れたような光沢があり、人体の内部のような、ある種のグロテスクさがあった。
広間の向こう側は暗い闇で、先は見えない。
ルシフェルがこちらを振り向く。
「どうぞ、入っていらして。神に会いたいのでしょう」
そして入り口で佇んでいるエスペルとライラに歩み寄った。
右手にライラの手、左手にエスペルの手を持ち、招き入れるように引く。
「ほら、いらして」
「あっ……」
ライラはルシフェルに強引に引っ張られ、たたらを踏んでその空間に歩み行った。
だがエスペルはルシフェルの手を振り払った。
ルシフェルはピンク色の広間に招き入れたライラの手を掴みながら、
「いかがいたしました?ほらライラさんも来ましたよ。儀式を行いましょう、あなたが正式なシシアになるための儀式を」
エスペルは、その広間から漂う微かな刺激臭が気になっていた。
おもむろに剣を抜くと、自らの左腕に、シュッと一筋の傷をつけた。血が流れ出す。
ライラがびっくりして目を丸めた。
「エスペル!?」
エスペルは傷ついた左腕を、その広間に向かって思い切り振った。エスペルの赤い血が広間の中に降る。
と、広間の四方の壁から巨大ミミズのようなピンク色の触手が大量に吹き出して来た。触手は床に落ちたエスペルの血痕に群がった。
触手たちは何かを探すようにうろうろしていたが、やがてそこに血痕しかないと分かると、またシュルシュルと引っ込んだ。壁の中に。まるで壁の一部のようだった。
ルシフェルの口元の笑みが消えた。不愉快そうな一文字になる。
エスペルは鼻で笑った。
「まさか触手が出てくるとはな。人間がこの場所に入ったら、触手の出す毒にやられて『人形』にされる。大方、そんなところだろ?人形になることが『儀式』かよ」
「本当によく、ご存知ですね。一体どなたから聞いた情報なのかしら」
「こんな危なっかしい部屋、入ってらんねえよ。神はどこだ、神を出せ」
「神に会って、どうなさるおつもり?」
「神が死んだら別の女セラフィムが新たな神になるらしいな。どうやって、普通の女セラフィムが神になるんだ?その方法が知りたいねえ」
「……教えると、思います?」
エスペルはライラの顔をちらと見て、逸らす。心の中でライラに謝りながら、
「今の神が死ねば、お前らはそれをやらざるを得ないだろうな」
神を殺すことで、「新たな神を生み出す方法」を突き止める。そしてその方法を、抹消する。
そうすれば、天界開闢は阻止できるだろう。
ライラは衝撃を受けた顔をした。が、何も言わずに俯いた。彼女も内心、本当は分かっていたのだろう。エスペルの取るだろう行動を。
そうなることが分かっていたからこそ、彼女は裁かれようとしたのだ。
ルシフェルは困ったように微笑んだ。
「物騒なことをお考えですこと。でもどう足掻こうと、摂理には逆らえません。あなたはシシア。神に会うためにはこの部屋を通るしかないわ。神はこの部屋の向こう側」
「そうか、教えてくれてありがとう。——
エスペルは氷結魔法を放って、その部屋を凍結させた。生物めいたグロテスクなピンクの壁が、白く凍りつく。
エスペルは入り口に足を踏み入れると、一気に駆け出した。
ルシフェルが叫ぶ。
「無駄よ!そんな小手先の咒法で切り抜けられると思って!?」
足元から氷を突き破り、触手が飛び出て来て、エスペルの進路を阻んだ。
足元のみならず、頭上からも脇からも。
触手がダマになって、その場に止まったエスペルを絡め取ろうと襲いかかった。
エスペルの剣がとてつもない速度で振るわれる。
空色の剣は煌めきながら、襲いくる触手全てを見事に斬り捨てた。
だが触手の切断面から、ピンク色の液体が吹き出した。
大量の液体がエスペルに降り注ぐ。
ルシフェルが高笑いする。
「ほら無駄でしょう、それを切っても毒が出てくるだけよ!」
ライラは悲痛に顔を歪めた。
「そ、そんな!」
「さあ、これで大人しく眠って……」
だがルシフェルの顔色が変わる。
エスペルの体は、まるで濡れていなかった。
ライラが息を飲む。
「エ、エスペルあなた、
エスペルの体は霊体化していた。剣だけは霊体化しないまま。
ルシフェルがエスペルを見て、何かに気づいたように唇を震わせた。
「そ、そんなバカな!
エスペルはライラを見て微笑する。
「ごめんなライラ、お前との約束……神を殺さないという約束、守れなくて……。ここから先は、俺一人で行くから」
そして猛然と駆け出す。
エスペルに触れることができず右往左往する無数の触手をすり抜けながら、突き進む。広間の奥の闇へと向かって。
ピンク色の床や壁が途中から闇の中に消えてしまった。闇の中には触手はいなかった。
エスペルは闇の中をひた走った。
どれほど走っただろう。
やがて前方上方、楕円型の光が見えて来た。
エスペルは楕円型の光の真下で、壁にぶつかった。ここが突き当たりのようだ。
エスペルは飛び上がった。跳躍ではなく、飛翔であった。
羽も無いのに、まるでセラフィムのように飛翔する。
エスペルは楕円型の光の前で空中停止した。
近くで見ると、かなり大きい。白い背景に、左右三枚づつ、六枚の羽の影絵が浮かぶ。
これがおそらく、神のいる場所への入り口だろう。
エスペルはその楕円に触れようと手を伸ばした。
すると下の方から、
「エスペルっ!!」
見下ろすと、楕円の光源に照らされて、ちょっと怖い顔をしたライラがいた。ライラも飛翔し、宙に浮かぶエスペルの隣に並んだ。
「ライラ、お前……!」
「私も行くわ。何があっても全部、受け止める覚悟は出来てるもの!だから……」
そこで言葉を切って、泣き顔になる。
「だから、置いていかないでよ……!」
「ライラ……」
感激がこみ上げた。エスペルはライラを抱きしめた。その耳元に唇を寄せる。
「ありがとう来てくれて。すげえ嬉しい……!ごめんな、分かった、一緒に行こう」
「うん……!」
二人は六枚羽の影絵を見据えた。
エスペルは再び手を伸ばし、その影絵に触れる。
二人の体は吸い込まれるように、その光の中に消えていった。
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