第113話 南部プラーナ窟(1) ドクロ女
風が丈高い草花を揺らし、吹き抜けていく。
野生の花咲く草原の中、巨大な女神立像が立っていた。
その大きさ、五十メートル。盾と矛で武装した姿。
だだっ広い草原に立つ、陸の灯台のような巨像だった。
ここに、セラフィムの兵達が陣を構えている。
その数はおよそ二百。
白く輝く巨大な女神立像を中心に、円を描くようにその陣は敷かれていた。
地上に百、空中に百。
そして女神立像の足元に、大きな
ドクロの顔に豊満な女体を持つ、不気味な姿の
隊長セラフィムが怒鳴った。
「連中は間違いなく、草に身を隠しながら這って来る!決して見逃さず、見つけたら一斉に
「はっ!」
隊長セラフィムはほくそ笑んだ。見事に何もない草っ原、草に身を隠して近づくしかないだろう。
また空からもあり得ない。曇り空ならいざ知らず、雲の少ない青空だ。それこそ、どこからも丸見えだ。しかも人間は黒い大きな使い魔に乗っていると言う。
それにたとえ曇り空だったとしても、地上から上空へと昇っている最中に、必ずどこかから発見されるだろう。
「たかが人間と出来損ない、ネズミ二匹にここまですることもなかろうが、まあミカエル様のご命令だからな。むしろラッキーか。これで仕留めたら俺の出世も間違いなしだ」
隊長セラフィムは皮算用に舌舐めずりした。
※※※
ライラの言った通り、テイム川下りは安全に進んだ。やはりセラフィムには川で移動する、と言う発想自体がないのだろう。森の捜索にばかり注力している様子だった。
「そろそろ岸に上がろう」
エスペルは小舟を東岸に寄せた。上陸し、リュックの中を確認する。気持ち良さそうに寝ているカア坊をツンとつついて見た。
パチリと目を開ける。
「カア?モウ朝カ?」
「お、起きてくれたか!どうだ動けそうか?」
「ウーン、ヨク寝タ。今日モ元気ニ働クゾー!」
「さすがだぞ、カア坊!お前は社会人の鑑だ!……じゃなかった使い魔の鑑だ!」
「カア?」
「よし次は、ユタノ女神像だ」
エスペルは地図を広げて、目標を確認した。
丸印は草原の中につけられている。
「きっと兵がたくさんいるんだろうな」
「そうね」
「大勢のセラフィムってのは怖いな。
「十五メートルくらいかしら」
「俺と同じくらいか……」
エスペルは悩む。だだっ広い、身を隠す場所のない草原で、四方に目を光らせてるだろう兵達にどうやって近づけばいいのか。しかも即死魔法を持つ兵達に。
「なあ、ライラは神域内に入ったおかげで魔法の威力は上がってるんだよな?」
「ええ、まあ」
「じゃあ、出来るかなあ、一緒に」
「何を?」
エスペルは空を見上げた。わたのような雲がたくさん浮かぶ青空。
「いい感じの空だ」
「ちょ、ちょっと人の質問に答えてくれない?」
「煙幕出すぞ」
「えっ?」
「——
途端に、周囲に真っ白な濃密な霧が発生した。雲のように濃密な、一寸先も見えないような霧が。
「この、水魔法による煙幕はしばらくずっと俺たちの周りに展開される。ライラにお願いがあるんだが、ちょっと今から……無理して欲しい」
ライラは一瞬、面食らうが、笑みを浮かべてうなずいた。
「いいわ、やってあげる。いくらでも無理してあげるわ。何?」
「一日一回しか使えない
「え!?どこに行くの?」
エスペルは人差し指を立てると、空を指差した。
「雲になろうぜ」
「……は?」
※※※
ユタノ女神像の周囲のセラフィム兵達は、目を皿のようにして草原を忍び寄る者はいないか注視していた。
故に、頭上から怪しい雲が近づいていることには、なかなか気づかなかった。
空中待機していたセラフィムの一人が、ふと顔を上げ、怪訝な顔をした。
「あの雲、ちょっと妙じゃないか?」
「妙って?」
「だってあんな低い所を……。なんだか、こちらに向かって落ちてきてるような……」
その瞬間、二人の男女がその雲から飛び出してきた。
小さい羽を生やした少女と、黒い使い魔に乗った青年。
「あっ……!て、てきしゅ」
セラフィム兵は敵の急接近を皆に知らせようとしたが、男女が同時に叫ぶ術名にかき消された。
「――
魂を破壊する呪殺の思念。
その思念が爆発するようにその場全体にぶちかまされた。
声にならない叫びと共に、ばたばたとセラフィムが倒れていく。
空中にいたものは落下し、地上にいたものは身を大地に投げ出し。
二百余名の兵士全員が、一瞬で行動不能となった。絶命したにせよ、かろうじて気絶で留まったにせよ。
地上に降り立ったライラとエスペルは、はあはあと肩で息をした。特にライラがひどく疲労していた。がくりと膝を草むらにつき、胸を押さえる。
エスペルはカア坊から飛び降りてその傍にかがみ、背をさする。
「すまん、本当に無理させた……!
ライラは荒い呼吸をしながら、
「いいの、それよりも、気をつけて、まだ……」
言って震えながら指差した方向に、
傀儡魂を破壊しきれず、
「くひひひひひ」
ドクロの顔から不気味な笑い声が漏れた。
べっとりとした、海草のような長髪を振り乱し、青白いくせに肉感的な女体には、黒い水着のような露出度の服がぴったりと張り付いている。ドクロのくせにまったく無駄に扇動的である。それが身の丈、五メートルはありそうな巨体なのである。
ドクロ女は両腕をあげ、大きく身をのけぞらせると、勢いをつけて体を前に折り、両手で
すると十本の爪の先から、針のような骨が大量に放出された。
エスペルはライラの周囲に防御球を展開しつつ、剣をその場で回転させた。
「
宙を裂く回転斬りから、風の刃が生じて、針のような骨を全て粉砕した。
間髪入れず、走り出す。
ドクロ女が片足をあげて、近寄るエスペルに向かって蹴りを放ってきた。
ドクロのくせに無駄にいい形の脚で放たれるキック。飛びすさってかわしたエスペルは、軸足の裏に回り込み、その腱に神剣を叩きつけた。
「くひいいいいいいい」
足の腱を切断され、ドクロ女の巨体が地面に倒れる。
エスペルは倒れたドクロ女の背中に飛び乗った。
「
倒れた巨体の心臓のあたりに虹色の光を放つ、空色の剣を突き刺した。
「いいいいいいいいい!!」
耳朶を苛立たせる不快な悲鳴を上げ、ドクロ女の肉体は砂となって崩れ落ちた。
崩れた巨体から地面に着地したエスペルは、ライラの元に駆け寄った。
「無事か!?」
「ええ、大丈夫!」
「良かった。じゃあ
「せいかぁーい!」
後方から、聞き覚えのある女の声がした。
エスペルとライラは、緊迫の表情で振り向いた。
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