第112話 あと三つ

 ミカエルのド派手な勅令により、神域内は一気に騒然としていた。

 セラフィム達は次々、人間とライラが潜伏していると思われる北部の森に飛び立ち、次に狙われるだろうプラーナ窟の防衛に向かった。


 指示を出していたラファエルは、兵達の姿を見送ると、すっかり静かになった王城前広場で一息ついた。


(ったくミカちゃんたら、勝手にこんなことして……)

 

「ラファエル!先ほどのラッパの音はなに?」


 後方の上空からルシフェルの声が聞こえて、ラファエルは胃が痛くなる。


(ほら来たじゃーーーーん!)


 ラファエルは引きつった笑顔で振り向いた。

 ルシフェルが上空からすっと降り立つところだった。


「ルシフェル様!あの、その、ミカエルが全セラフィムに勅令を出しまして、人間とライラを殺せという……」


「なんてこと!」


「すみません、すみません!うちのミカエルが超絶バカですみません!」


 ラファエルは全力で頭を下げまくった。


「い、いえ、あなたがそこまで謝らなくても構いません」


「でも、人間とライラがプラーナ窟の希石コアを破壊したんです。さすがに、放っておくわけには……」


「彼らはセラフィムのエネルギーを断とうとしているの?なぜかしら……もしかして、宮殿への転送門を開こうとしている……?」


「えっ!?ま、まずいじゃないですか!それでも彼らを許すのですか?」


「ええ、殺してはなりません。彼らの欲するがままにさせなさい」


「あの、非礼承知で聞かせていただきます!なぜルシフェル様は、人間とライラを生かそうとするのですか?侮るのは危険です、天界開闢の進行に障りがあったら大変なことですのに!」


「天界開闢の摂理の全てを、あなた方が知っているわけではありません」


 淡々と答えるルシフェル。

 そこではたと、ラファエルは思い至った。一瞬、躊躇するが、聞かずにいられなかった。


「もしや、秘中の秘とされる第四段階……あの二人はそれに関わると……?」


 ルシフェルはすっと目を細めた。


「それ以上の詮索は、あなたの命を縮めますよ?」


 美しい顔でさらりと恐ろしいことを言う。ラファエルはさーっと血の気が引いた。

 深々と頭を下げる。


「ももも申し訳ございませんっ」


「まあ、発令されてしまったものは仕方ありません。これも試練なのかもしれないわ」


「試練、ですか?」


「とにかく、サタンと話し合わねば……」


 ルシフェルは天空宮殿を振り仰ぐと、羽を広げ転送門方向へと飛び去って行った。


 残されたラフェルは、とりあえず一息つき、胸をなでおろした。王城の扉に戻ろうと踵を返した時。

 ちょうどその扉が開かれ、ミカエルとガブリエルが出て来た。


「あれ!?どしたの二人して。お出かけデートぉ?」


 ガブリエルはその言葉を完全に無視して、問う。


「今、ルシフェル様とお話ししていらしたわね?」


 ラファエルは肩をすくめて笑った。


「さっすが、地獄耳い♪」


「人間とライラの殺害指令、お怒りでした?」


 ラファエルは腰のくびれに手をやって、頭の制帽をいじる。


「うーん……。快くは思ってないみたい。『殺してはなりません。彼らの欲するがままにさせなさい』って。でも指令撤回しろとまでは言われなかった」


ガブリエルは頰に手を当てた。


「あいまいですわね」


「至高セラフィム様の考えてらっしゃることは、よく分かんないわあ~」


 ミカエルはふんと鼻を鳴らす。


「どーっでもいいね!そんなことよりラファエル、俺いい事考えたんだよ」


 ミカエルが久しぶりにいい顔をして目を輝かせている。

 ラファエルはちょっと引き気味に、横目でミカエルを見る。


「やだー、なんか嫌な予感しかしないんだけど……」


 ガブリエルがため息混じりに呟いた。


「正解ですわ、ラファエルさん……」


 ミカエルはラファエルの肩に自分の肘を載せて、ニヤつきながら言う。


「残るは希石コアはあと三つ。絶対、あいつらそこ狙ってくんだろ?」


「そりゃそうでしょ。だから兵士たち配備したけど?」


「兵士なんてどうせ蹴散らされるだけじゃねえか。あと三つ、ちょうどいい数字だと思わねえ?」


「はい?」

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