第97話 ルヴァーナ監獄(5) vsラファエル・ガブリエル

「誰だお前らは、他のセラフィムと違うな。ミカエルと似た雰囲気オーラ……」


「さ、三大セラフィムのラファエル様とガブリエル様よ!」


 ラファエルは二人を指差しした。


「あなたたち霊体化防御エクトプラズマイドしてるわねえ。あたしそれあんま好きじゃないんだあ。なんでか分かる?貴方の肉体からだが、好・き・だ・か・ら♪てことでさぁ……ひん剥いて、いい?」


「なに……」


 ラファエルはシュッと人差し指を斜め上に払いながら、術名を唱える。


「——呼肉の風咒ヌンガ・ハーヴァ


 小さな竜巻のようなものがエスペルとライラの周囲に発生した。


「なっ」


 エスペルの知らない魔法だった。狼狽えるが、痛みは感じない。

 竜巻が消えると、エスペルは自分の知覚が普通に戻っていることに気が付いた。

 煙を吸ってゲホゲホと咳き込む。


 霊体化が、解除されていた。


「ほうら、そっちの方がずうっと素敵い!いっぱい傷つけたくなっちゃううーーーーー!!」


 ラファエルは手にした鞭をぶるんと振るった。緑色で沢山の棘の生えたそれは、イバラの蔓のようだった。だが硬質な光沢があり、ある種の金属製であることを窺わせる。

 体を横に捻ってかわしたエスペルの頬に、一文字の傷が描かれ血が滴った。


 剣を抜き、間髪入れず繰り出された次の鞭を弾いたが、舌打ちをする。煙に巻かれている状態なので、鞭の軌道が見にくかった。


「エスペル!」


 ライラが叫んでラファエルにセフィロト攻撃を打とうとした。

 しかし突き出したライラの右腕に、水刃が飛んできた。ライラの皮膚が深くぱっくりと裂け、大量の血が流れ出す。


「つあっ……!」


「神を裏切った罪深き背信者、ライラさんのお相手はわたくしがして差し上げますわ」


 そう言って冷たく笑うガブリエルを、ライラはぐっと睨みつけた。


「ライラ大丈夫か!?」


「あーら余所見してる場合ー?」


 ラファエルはエスペルにブンと鞭を振るってくる。


「くっ……」


 エスペルは煙の中、トリッキーで把握しずらい鞭の軌道をなんとか捉えて弾き返した。


 一方、ライラは流血する自らの右腕に左手をかざし、


「——治癒の咒ナサティーヤ


 術名と共に傷口がオレンジ色の光に照らされた。みるみるうちに傷が塞がっていく。ガブリエルがふっと笑った。


「あら、なかなか優秀な回復咒法じゅほうですわ」


「……神域外で使えなかった咒法も、ここでなら使えるわ……」


 咒法じゅほうとは、セラフィムの使う魔法のことである。

 神気プラーナのない「汚い空間」である神域外では、ライラの力は大きく制限されていた。だが神気プラーナに満ちた空間に戻ったことで、本来の力が完全復活していた。


 ガブリエルの放つ水刃がビュンビュンと飛んできた。隣ではラファエルの鞭とエスペルの剣がぶつかり合う音が聞こえている。


 ライラは持ち前の身軽さで水刃をかわすが、煙が視界を邪魔するので、かなり危なっかしかった。

 

 と、エスペルが術名を叫ぶ声が聞こえた。


恵の天水アマンドスイ!」


 頭上に雨雲が立ち込め、地面に叩きつけるような大雨を降らした。

 視界を邪魔する煙が、消失する。

 視界がクリアになった。


 ただしその場にいる者全員、ずぶ濡れになってしまったが。


 ガブリエルは


「クシュン!……寒いですわ」


 ラファエルは


「やだ何すんの人間、濡れ透け狙いー?エッロ!」


「まさか農業用の魔法を使うことになるとはなっ!」


 言いながらエスペルは、宙をしなる鞭を見事にくぐり抜け、ラファエルの懐に入った。

 その濡れてますます肉感的な体に剣を切りつける。


 が、ラファエルの左手に握られた剣で受け止められた。


「二刀流か、用意がいいな」


 エスペルはギリギリと剣を押し付ける。ラファエルは左手でそれを押し返しながら、うっとりと目を細める。


「んふっ、間近で見るといい男ねえ〜。水も滴る、爽やか坊や♪私の好みじゃないけどおおおー」


 エスペルの力がラファエルを凌駕し押していく。崩せる、と思った時。

 ラファエルが鞭を持つ右手をくいと動かした。イバラの蔓のごとき鞭が、シュルシュルとエスペルの体に巻きついてきた。


 エスペルは舌打ちを一つすると、鍔迫り合いを止めて跳ね、巻きつこうとする鞭を剣で振り払った。


 その時、空中から怒りに震える声が降ってきた。


「ら、ラファエル、ガブリエル……!何やってんだよ、俺様の獲物奪って楽しんでんじゃねえええええええ!舎弟は舎弟らしくすっこんでろおーーーー!」


「やっだミカちゃんいたのーお?って誰が舎弟よ!」


 ラファエルは間合いを離れたエスペルに再び鞭を振るった。エスペルはそれを剣で弾きながら、


大破魂メガ・クリファ・セフィラ!」


「いったーい!人間のくせにセフィロト攻撃とか生意気い!まあ魂構成子セフィラ一個も割れてないけどぉ」


 ガブリエルは首を傾げ、


「しゃてい……。って、なんですの?それにしても、ちょこまかと鬱陶しい出来損ないですこと!」


 ガブリエルの周囲に、夥しい数の氷のつぶてが浮遊する。とても避けきれない数の氷の礫が、ライラ目掛けて発射される。


 ライラは大地に向かって両手を伸ばし術名を唱えた。


土壁の咒ドハラーテ!」


 ライラの前に地面から土の壁が出現し、氷の礫を受け止めた。


 四人の戦いを、空中停止飛行中のミカエルが、怒りにわななきながら見下ろしていた。


 ミカエルは、癇癪を起こした。


「無視……してんじゃ……ねええええええええ!」


 ミカエルは両手を掲げ、手の中に火の球を作ると、地面に向かって放り投げた。


 先ほど、監獄を粉々にしたのと同レベルの爆発魔法。エスペルもライラもラファエルもガブリエルも、地面に出現した半円状の光と衝撃波に晒された。


 また、もくもくと煙が上がる。

 

 場は、突然の静寂となった。


 やがて煙の中から、声が聞こえてくる。


「ミカちゃんひっどーーーーい!うちらまで巻き込まないでよお!」


「ミカエルさん、信じられませんわ!」


「さ、さんきゅーライラ、また霊体化してくれて」


「間に合ってよかったわ……」

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