第95話 ルヴァーナ監獄(3) 再会

 ライラは自分の目が信じられなかった。


「エスペル!」


 トカゲみたいな顔の看守は、ライラの体を引き寄せた。腕の中にライラを拘束しつつ、裾から飛び出してきたナイフを、ライラの首につきつける。


「人間、貴様は正面で戦っているはずだが?」


「汚ねえ手でライラに触んじゃねえよ!あのアナウンスは情報が古いんだよ!」


 言って、エスペルは手を突き出した。


「このナイフが見えないか?下手な真似をしたらライラの首を掻っ切ってやろう」


 エスペルは鼻で笑った。


「やってみろよ、できるもんなら」


 チリッという小さな音を立てて、糸のような稲妻が発せられた。


「……?」


 トカゲ男はナイフを動かそうとして、動けないことに気付く。

 気づけば身体中が痺れて麻痺していた。


「ううっ!?」


 その右手からポロリとナイフが落ちる。ライラを拘束していた腕がふるふると震える。

 ライラはさっと身を屈めてトカゲ男から離れて、背中を壁にへばり付けた。


 エスペルはその様子を見てほっとしたような顔をする。


「人の動きを封じるには弱い電撃で十分だ。その程度の電撃魔法なら、技名なしで発動できる……じゃあ、な!」


 エスペルはセフィロト攻撃を打ち込み、トカゲ男はあっという間に事切れた。


 エスペルは独房内に入ると、トカゲ男のズボンについてる鍵の束を取った。


「ちっ、いっぱいあるな。どれだ?」


 エスペルは、戸惑った表情で壁に背をもたれているライラの足元に屈んだ。そして足錠の鍵穴に、片端から束の鍵を差し込んで行く。


「この鍵か?くそ違う。これか?これもダメか……」


「エスペル……私……」


 勝手に出て行ったライラをなじりもせず問い質しもしないエスペルに、ライラは困惑していた。

 きっと何か誤解をしているのだろう、と思った。


 ライラは自ら裁きを望んでここにいるのに。


「これだっ!!」


 カチリ、と音がして、ライラの足錠が外れた。


「よし、多分手の方も同じ鍵だ!」


 エスペルはライラの手を取り、手錠も外した。ライラは完全に鎖から解放された。

 手錠を放って、エスペルはうんと頷く。


「さあ逃げるぞ」


 ライラは、言わねばならないと思った。


「あ、あなた勘違いしてるわ!」


「勘違い?」


 勇気を出して、言わねばならない。本当の事を。


「あのね、私ね、自分でここに来たの!自分から、あなたを裏切って、ここにいるの!」


 言い切ってライラはうつむく。胸が千切れそうなほど痛かった。


 エスペルはライラの頭を撫でた。

 

「怖かったな、もう大丈夫だ。待たせて悪かった」


「えっ……」


 そんな言葉が返ってくるなんて想像もしていない。

 ライラの目から、涙があふれ出した。せきを切ったように。


「ち、違うの、これは私が望んだことなの、私が裁かれたいって思って。私は大罪を犯したから、だから裁かれる為に自分でここに……!」


 何をこんなに泣いているんだろうとライラは思う。そして気づく。


 自分は怖かったのだ、と。

 セラフィムも裁きもこの場所も、エスペルがいない事も、本当は全部怖かったのだ、と。


「大罪を……?」


 エスペルは理解できない顔をしていたが、しばらくして、はっと何かに思い至った顔をした。


「ま、まさか、俺に情報提供したから、天界開闢のことを教えたから……?」


 ライラはぽろぽろ涙を流しながらうなずく。


「そう、その罪を償うために来たの。なのに私、駄目ね私、あなたの顔を見たらこんなに安心して……っ」


 エスペルは衝撃を受けた様子で、拳を固く握り締めた。


「そんなことで!情報を望んだのは俺だろ、お前は何も!」


「でもっ」


 エスペルは唇を噛むと、やおらライラを抱きしめた。


「行こう、ライラ。俺と一緒に」


「!」


「無理矢理にでも連れて行く」


 エスペルは腕に力をこめ、ライラの頭をかき抱いた。

 ライラを包み込むそのぬくもり。


 ライラは一瞬で至福に飲み込まれる。その至福はどんな鎖よりも強く彼女を縛り上げた。


 ――この人と離れたくない。


 極めてシンプルでしかし強烈な感情が、根底から湧き上がってくる。その強烈な情念はその他の想念を洪水のように押し流した。


 抗えない。

 

 ライラの唇から言葉がこぼれた。その言葉は意図せず、気づいたら、ただこぼれ落ちていた。

 

「大好き……。あなたが、大好き」


 器いっぱいに張り詰めた水面が、ついに崩れてあふれ出すように。


 苦しげだったエスペルの様子が柔らぐ。


「俺もだ……」


(ごめんなさい、神様ごめんなさい)


「あなたと一緒に……いたい……」


「うん、そうしよう」


 エスペルはライラの髪に顔を埋め、その首元にキスをした。


「っ……」


 ライラの体の奥がキュッと締め付けられるような心地がした。


 エスペルは微笑みながら言った。


「行くぞ」


 ライラはこくんとうなずいた。


 抗えるわけも、なかった。

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