第94話 ルヴァーナ監獄(2) 拷問官
ライラは薄暗い独房で、膝を抱えてうずくまっていた。
その両手、両足は鎖で繋がれている。手首と手足の金属の輪は、拘束具としてのみならず、装着された者の咒法——セラフィムにとっての魔法——を制御する効果もあった。
これをはめられている以上、ライラには例えば
冷たい床の感触が、体を芯まで凍えさせる。無論、凍えているのは体だけではない。
(もうすぐ私は、羽を切られて化け物になる。寿命が尽きるまでずっと激痛に苛まれる、最も忌むべき化け物に)
十数日間の出来事が、頭の中で駆け巡る。
(エスペル……。シールラ……)
物思いにふけるライラから漏れたのは、小さな微笑とこんな言葉だった。
「楽しかったな……」
じわりと涙がこみ上げて来た。ライラの人生の中で、最も素晴らしい幸福な日々だった。
分不相応なほどの幸福を享受できたと思った。
あれほど幸せな時間を過ごせたのだから、もう十分だと自分に言い聞かせる。
ライラは膝を抱える腕にぎゅっと力を込めた。うなだれて、抱える膝に額をくっつけた。
(もう十分……だから……)
その時、ガチャガチャと鉄の扉の鍵を回す音が聞こえた。
ライラは緊張しながら顔を上げる。
扉をあけて、黒い制服を着た看守セラフィム二名が入室して来た。痩せたトカゲ顔の男と、太ったガマ顔の男。
ライラは看守セラフィムたちが苦手だった。どの看守セラフィムも、瞳に狂気を宿した、残忍そうな顔つきをしていた。
それは全ての看守セラフィムが、拷問官を兼ねているからだろう。
トカゲ顔の看守がライラの腕を取った。
「な、なに!?」
「処刑までの間、適当にいたぶっていいとミカエル様に言われてな。さあ拷問部屋に来るんだ」
トカゲ男は無表情なのに目だけが爛々と光っている。ライラの背筋にゾッと悪寒が走る。
「いやよ!私は神の裁きは受けても、セラフィムの拷問なんて受けないわ!」
「残念だったねえ、お前はまずセラフィムの裁きを受けるんだよう?」
ガマ男が三日月のような弧を口元に描いて、気味の悪い声音で言う。
「やだっ……」
「往生際が悪いねえ?」
もがくライラを殴ろうとガマ男が手を上げた時。
けたたましい警告音が鳴り響いた。次いで監獄内に魔具で拡声されたアナウンスが響き渡る。
『敵襲!敵襲!力を持つ人間、エスペルが来襲し監獄正面にて応戦中!苦戦につき援軍求む!狙いはライラの解放と目される、ライラの身柄絶対拘束せよ!』
(えっ……?)
ライラは耳を疑った。
なぜエスペルがここに?
「大セラフィム様のおっしゃった通りここに現れたか」
「うひひ、絶対拘束だってよう。いいねえ、じゃあそういう拷問具で拘束してあげようねえ。羽以外は全部傷つけていいんだって!」
ガマ男は肥満した手でライラの髪の毛をつかんで揺すった。
「いったっ……」
ライラは痛みに顔をゆがめる。
「ああ楽しみだ。お前はその、羽が小さくて気持ち悪いところがすごくいいぞお?お前の醜さは実にソソラレル」
ガマ男は自分の顔をライラにずいと近づけると、口を開いてべろんと舌を出し、ライラの頬をなめようとした。
ライラが恐怖に固まる。
その時。
ひゅん、と白く閃くなにかが飛んできて、ガマ男のこめかみに直撃した。
「ヴぇっ……」
それはダガーであった。
深々と頭にダガーを突き立てられたガマ男は、奇妙な音を喉から発すると、ライラから手を離して、後ろにたたらを踏む。どさりと仰向けに倒れた。
はっとライラが振り向くと、独房の開け放たれたドアの向こう、エスペルが立っていた。
ダガーを投げた格好で、肩で息をして、倒れたガマ男をものすごい形相で睨みつけている。
「あ、ありえねえっ……!その舌、ちょん切ってやりてえ!死体損壊の趣味はねえけどやりてえ!!」
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